年末年始は、考え事をするにはちょうどいい時間ですね。普段は目の前のタスクに追われて流してしまうことも、少し立ち止まって見直す余裕があります。そろそろ終わってしまうのが寂しいです。
そんな中で、自分の仕事の仕方についてしっかり反省してみまして。
端的に言うとですね、「多動的にタスクと対峙していたな」「なんのためにこの仕事をするのかをぼんやりさせてしまってたな」という反省です。
目的が曖昧なまま手を動かすと仕事は簡単にぐだぐだになります。忙しいのに前に進んでいないという状態を、知らず知らずのうちに作ってしまっていた。
今日は、最近のいくつかの出来事をきっかけに気づいた「仕事の向き合い方」について書いてみようと思います。
派手な話ではありませんが、もしかすると今年いちばん大事にしたいテーマかもしれません。
優秀なビジネスマンの方なら誰しもができているような内容ですが、超低レベルの僕はようやくここに気づけました。「今更何言ってるの?」と言わずにお付き合いいただけますと幸いです。
そう思ったきっかけ「読書方法の変更と、部屋の片付け」
きっかけは、大きく二つありまして。
一つは、読書方法を変えたこと。もう一つは、年始にやった部屋の超大掃除です。
「積読・乱読・速読」から「精読」へ、という記事にも書いたのですが、これまでの僕の読書は「たくさん買って、たくさん読んだ気になる」タイプでした。
情けない。
スピードはある。でも、残るものは少ない。仕事でいう忙しいのに前に進んでいないという状態と一緒です。
情けないですねえ。
そこで「1冊を精読し、アウトプットするまで次の本は買わない」という、かなり単純なルールを作りました。
やってみると、これが驚くほどいいんですよ。誇張ではなく、人生の進み方そのものが少し変わったような感覚すらあります。
もう一つのきっかけが、部屋の片付けです。
年始に徹底的な断捨離をしました。中途半端にではなく、本当に徹底的に。
特に意識したのが、机の上です。
これまでは、本や資料が常に視界に入っていました。「あとで読むかもしれない」という理由で。
これ、やめました。
机の上には何もなし。
それ以外は物理的に遠ざける。
クローゼットの中もルール化して整理してみました。
結果、綾波レイの部屋みたいな、驚くほど無機質な空間が出来上がりました。最高です。
読書も、部屋も「何をするためのものか」を定義し直した感じ。
その感覚が、仕事の仕方にもそのまま当てはまる気がしたんです。
一つのことに集中できる環境や仕組みを作れていたか?
ここで気づいたのですが、これまでの僕はかなり多動的な仕事の仕方をしていました。
あれもこれ同時にいくつものことをバーっと進めるような感じ。
スピード感はあったかもしれませんが、アウトプットの質はどうだったの?と聞かれると正直自信がありません。
読書と同じです。速く読めることと、深く理解できることは別。
仕事も、たくさん手を動かしていることと、ちゃんと前に進んでいることは、必ずしも一致しません。
「今はこれをやる」「これを終わらせないと次に進めない」そういったルールを、仕事ごとにちゃんと設けていなかったんだと思います。
もちろん、僕の仕事は多方面に広がっているので、すべてを完全に一点集中にするのは現実的ではありません。
ただ、数を絞ることや、時間を区切ることや、優先順位を明確にすることなど、工夫できる余地はかなりあるはずです。
「忙しいけど進んでいない」状態を作らないために、集中できる環境と仕組みをもっと意識的に設計しないといけない。
そう強く感じました。
「なんのためにやるんだっけ?」を考える
また読書の話に戻りますが、乱読していた頃の僕は「本を読むため」に本を読んでいたような気がしています。
でもそれってなんか違いますよね。
本は「知識を得て、考え、使うため」に読むものです。だからこそ積読・乱読・速読をやめて、精読に振り切りました。
部屋も同じ。
これまでは「ものを置くため」の空間だったんですが、でも掃除をするときに「ここは知的生産をするための場所にしよう」と決めたんですよ。
引き算でできたような部屋。綾波レイみたいな部屋こそ正義。
でも、不思議と集中できるんですよね。邪念とか余計なものがない分。
目的がはっきりすると、空間の正解も決まるんだなと思いました。
仕事もまったく同じだと思います。
この仕事は、なんのためにやっているのか。どの状態を目指しているのか。それが曖昧なまま手を動かすと努力は簡単に分散してしまうんでしょうね。
忙しいのに、成果が薄い。やっている感はあるのに、前に進んでいない。それは、能力の問題ではなく、
設計の問題だったのかもしれません。
今年は仕事に取りかかる前に、「なんのためにやるのか」をちゃんと言葉にすることから始めようと思います。
これまでできていなかった要因を洗い出してみる
振り返ってみると、これまでうまく設計できていなかった理由にもある程度、というかだいぶ心当たりがあります。
一つは、情報を集めること自体が目的になってしまうという悪癖です。
何かに取り組もうとすると、まず大量に情報を集めることに意識が入ってしまいます。まあそれ自体は悪くありません。
ただ、仮説や目的がない状態で集め始めると、情報の精査に時間がかかりすぎてしまうんです。
結果「調べているうちに時間が溶ける」。そして「肝心の判断や行動が遅れる」という訳のわからない状態に。
本来やるべきなのは、初速をただ早くすることではなく、初速で「何を目指すのか」を決めることだったんだと思います。
もう一つは、集めた情報を整理せず、破棄もしないこと。アップデートしてないってことです。
とりあえず机の上に置いておく。データも、とりあえず手元に残しておく。「いつか使うかもなー」は大体使いません。
自分では場所が分かっているつもりでも、他の人から見ればどこに何があるのか分からないというマイナスもありますね。
探すのに時間がかかるし優先順位もつけづらい。結果として、判断が鈍る。マジで効率が悪い。
このあたりは能力や根性の問題ではなく、明らかに設計の問題でした。
今年は、情報を集める前に、目的を決める。使わない情報は、ちゃんと捨てる。
この二つを、意識的にやっていきたいと思います。
「なんのためにやるのか」を考え、一点集中する
これまでの仕事を振り返ると、タスクの持ち方もかなり散らかっていました。
散らかってばっかりの人生ですね。
AからFまでタスクがあるとして、それぞれを少しずつ触っていくような仕事の仕方をよくしていました。
どれも進んでいるようで、実はどれも決定的には前に進んでいない。
今年は、これをやめます。絶対。
今日はAの4までやる。今週はDを10まで進めるみたいに、「どこまでやるか」を明確に区切って動きたいと思います。
そして、その前提として欠かせないのが「なんのためにそれをやるのか」を言語化することでしょうね。
なんのためにAをやるのか?Aの1は、その目的にどうつながるの?Aの2は? Aの3は?
この問いを挟まずに動くと作業はすぐに自己目的化してしまうんじゃないかなって思うんです。やっているのに、意味が薄くなる、あのモチベーションを削ぎ落とす感じのやつになってしまいます。
一点集中は根性論ではなく、「目的」と「終点」を先に決めるだけでいいのかもしれません。それだけで自然と実現できるものだと思っています。
今年は、手を動かす前に設計する。量をこなす前に向かう先を決めるということを刻み込みたいと思っています。
読書も、部屋も、そして仕事も、そのすべてに共通していたのは「なんのためにやるのか」をちゃんと決めることでした。
派手な変化ではありませんが、この姿勢だけは今年一年、ぶれずに持っていたいと思います。