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趣味嗜好の入り口で人を待つということ

これまで私は、誰かに勧められたものよりも、自分が心の底から興味を持ったもの、偶然に出会って惹かれたものを大切にしてきました。

人の言葉を介さなくても、自分の中から自然に芽生えた関心のほうが「本物」だと考えていたからです。おすすめリストや流行の声よりも、「自分で見つけた」という感覚ばかり大事にしてきました。

けれど、あるとき気づきました。人から差し出されたものに、思いがけず深く惹かれてしまうこともある。

勧められるまま手にとって、予想以上に心に残る体験になることもある。むしろ、自分だけでは絶対にたどり着けなかった扉を、人からの一言がそっと開いてくれることもあるかもしれない、と。

『刃牙』

最初の経験が『刃牙』でした。「?」という顔をせずに聞いてください。

格闘漫画というジャンル自体にほとんど関心がなく、正直、縁のない世界だと思っていました。ところが勧められて読みはじめると、あっという間に引き込まれてしまったのです。

作者の板垣恵介さんがあまりに全力で「漢」を描きすぎているがゆえに、その真剣さが一周回って笑いに転じる。その熱量に触れるうち、いつの間にか夢中に。今では、外伝も含め刃牙シリーズ全巻を読破してしまうほど。

余談ですが、アニメ版よりも漫画という形式だからこそ表現できる「余白」や「間」の妙に惹かれてしまう自分がいます。

ページをめくるたびに、この漫画の舞台である地下闘技場を埋め尽くす観客たちの間に漂う空気や、言葉にならない感情が伝わってくる。興味がないと思い込んでいた世界が、一転して自分史上最高の作品へと変わっていった瞬間でした。

Iron Maiden

次に訪れたのは、音楽のジャンルをまたぐ発見です。

ヘビーメタルにはまったく興味がありませんでした。どちらかといえば敬遠していたと言ってもよいかもしれません。けれど、かつて一緒に働いていた仲間が「一度聴いてみて」とすすめてくれたのが、Iron Maidenでした。

正直に言えば、最初は戸惑いが大きかったのも事実です。

どちらかというと静かな曲を好んで聴いてきたこともあってか、激しい音の連なりに身を委ねることを躊躇していました。けれど、繰り返し耳にしているうちに、意外なほど耳に残り、気がつけば何度も再生している自分。

激しさや力強さの奥に潜むメロディラインの美しさ、ライブを想像させる一体感。入口は「人にすすめられたから」でしたが、気づけば自分から聴きにいくようになっていたのです。

小説全般

小説もまた、私にとって「勧められて初めて開いた扉」でした。

特段好きでも嫌いでもなく、読まずにきたジャンルです。けれど、弊社メンバーの中川さんが書く読書録を読むうちに、少しずつ関心が芽生えていきました。

人がどんなふうに本と向き合っているかを知ると、自分も試してみたくなるものです。気づけば書店で小説コーナーに足を運び、背表紙を眺めている。これまで縁がないと思っていた世界が、誰かの言葉を通じて開かれていく。

実際に読みはじめてみると、物語の中で時間がほどけていく感覚や、人物の機微を追う楽しさに触れ、「なぜこれまで避けていたのだろう」と思うほどでした。

入り口で手を振る人でありたい

こうして振り返ると、趣味や嗜好は「自分から見つけに行くもの」と同時に、「誰かの手招きに応えて開かれるもの」でもあるのだとわかります。

無理に引っ張られる必要はないけれど、入口でさりげなく手を振ってくれる人の存在は本当に貴重です。

私は「やってないと人生損だよ!」と声高に叫ぶ人ではなく、入り口に立って手を振る人でありたい。積極的には引き入れず、近づいてくるのをただ待つだけ。

でも、もし近くまで来てくれたら「ここにも面白いものがあるよ」と朗らかに伝える。そんな姿勢でいられたらいいなと思います。

趣味や嗜好は、人の数だけ「入口」があります。自分で扉を開けることもあれば、人に促されて開くこともある。どちらにせよ、その瞬間に広がる景色は思いがけず豊かなものだと思いました。

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Ryota Kobayashi