先日、名古屋で開催されたフォロン展を訪れた際に、『フォロンを追いかけて』という本を購入しました。
(フォロン展に訪れた際の記事はこちらからどうぞ。)
Book1とBook2の全二冊で構成されるこの本は、画集のようでもあり、写真集のようでもあります。
ページをめくるたびに、まるでフォロンと静かに対話をしているような感覚に包まれ、豊かな時間をゆっくりと過ごすことができるような、そんな一冊でした。
『フォロンを追いかけて』 Book1 – 問いと線が交差する場所
『フォロンを追いかけて』Book1は、後の色彩豊かな作品へと発展する以前の初期ドローイング50点と、マルセル・プルーストが答えたことで知られる34の質問帖に対するフォロン自身の回答などが収められています。
質問帖からは、フォロンの深い人生観が浮かび上がります。
例をいくつか。
「もっとも好きな自分の美徳:人生を愛すること」
「いちばん好きな時間の過ごし方:人生を観察すること」
「理想とする幸福:人生を理解すること」
「自分にとって最大の不幸とは:人生を失うこと」
「どこで暮らしてみたいか:ここか、よそ」
「もっとも軽蔑する歴史的な出来事:他国の征服」
これらの回答からは、人生を深く見つめる目、暴力を鋭く捉える目など、フォロンの本質的な視点が垣間見えるようです。
「自分だったらどう答えるだろう」。
そんな問いを胸に秘めながらページをめくると、そこにフォロンのドローイングが現れます。まるで私の中にふと浮かんだ問いを、それらの絵が優しく見守ってくれているように。
フォロンの「線」と向き合う時間。それは単なる作品鑑賞ではなく、彼の人生観と静かに対話するような感覚でした。
問いと絵が交差することで生まれる、静かで豊かな余白。その余白が、読み手の内側にそっと問いを投げかけ、新たな思索を呼び起こしていきます。まるで、フォロンの言葉やドローイングが、時を超えてそばに寄り添い、静かな対話を続けてくれるかのように。
そんな、温もりのある一冊でした。
『フォロンを追いかけて』 Book2 – 写真が写すフォロンの目線
Book2は、写真が主体となってフォロンの世界へと私たちを導いてくれます。
写真家・木村和平さんが撮り下ろした数々の写真には、フォロンが生きた日々の断片が静かに映し出されています。アトリエの内部やその外の風景、無造作に置かれた筆記具や彫刻、そして彼が愛したラ・ユルプの森。
これらすべてが、フォロンを取り巻いていた時間の痕跡をそっと伝えてくれます。
時折、彼らしい柔らかな色彩の作品が挟まれながら、ページをめくるたびに優しく穏やかな情景が紡がれていきます。
フォロンが見ていたであろう風景は、どこか寂しげでありながら、儚い美しさを宿しています。彼はこの街を歩きながら、何を思い、何を見つめていたのでしょうか。
そんなことに思いを馳せながら、ふと自分の日常に目を向けてみると、いつもの街並みがどこか違って見えくるようです。まるで、見知らぬ街を旅しているときのような切なさや温かみ、あるいは郷愁にも似た感覚が、静かに胸の内に広がっていきます。
結びに
『フォロンを追いかけて』は、メッセージ性を強調した本でありません。
もしかすると、ただフォロンの作品が並ぶだけの本、あるいは彼にまつわる風景写真が掲載された本と捉えることもできるかもしれません。
しかし、この本のページをめくるたびに私は多くの静かな問いかけを受け取っているように感じました。
自分は人生で何を大切にして生きるべきか。そのために何ができるのか。
今は亡きフォロンの、時に柔らかく、時に鋭い問いたちと向き合いながら、目の前の景色を見つめ直してみようと思います。