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「読書録」リプレイ – タイムループの名著に見る孤独と幸福

孤独について考えた時、私の中で真っ先に挙がったのがケン・グリムウッドの「リプレイ」でした。

この本は1987年にアメリカで出版された「タイムループ」を題材にしたSF小説です。本著は、タイムループものの先駆けとも言える作品として知られています。

私が初めてリプレイを読んだのは、中学2年生の頃。

当時の私は毎日1冊以上の本を読んでおり、少し捻くれたストーリーを好んでいました。

そんな中で出会ったのがこの本です。タイムループが題材のSF小説といえば「主人公が能力に物を言わせて好き勝手して大義を成す」のが一般的だと、当時の私の中ではどこか決めつけていたところがありました。

ところが、この本で時筆すべきは、主人公のニューヨークのラジオ局でニュースディレクターとして働く43歳のジェフ・ウィンストンが日常の中で「普通」から逸脱せずに生活を送っている点です。

SFらしい点といえば、主人公が何度も同じ43歳のタイミングで死亡し、意識を残したまま時間が巻き戻されるリプレイが起こるのみ。

さらに、自分の意思でリプレイすることはできず、強制的な現象としてリプレイされます。

そして、主人公は最初のリプレイでこそ巨万の富を手に入れますが、以降はあくまでも一般的な生活を求めています。

リプレイの主人公から読み取る孤独

孤独は他者のつながりによって生まれる状態だと私は考えています。

一見すると、孤独とつながりとは相反するように見えますが、一人きりの時に感じるような孤独は、自分以外の存在がない環境では起こりえません。

初めから周りに自分以外の他者がいなければ、孤独という概念すらも存在しないでしょう。

家族や友達、自分を認めてくれる人との繋がりがあり、それが減少した、失われたと感じた瞬間に初めて孤独を感じます。

物語の冒頭でリプレイの主人公のジェフ・ウィンストンは、妻がいるものの疎遠となっており、決して現状に満足しているとは言えない状態でした。

そんな中リプレイにより自分一人だけが記憶を持ったまま時間が巻き戻るループが始まり、何度も繰り返します。

このリプレイでは、同じ時を生きているのは主人公のみ。以前のリプレイの登場人物と触れ合うこともできますが、前の時間軸で築き上げた家庭や記憶は一切残っていません。

前の時間軸の良い思い出はもちろんのこと、悪い思い出も他者と共有することはできません。

そのような状態から数十年を過ごし、再びリプレイが繰り返されることを本人が知っているとなると、作中でジェフ・ウィンストンが感じたであろう孤独は計り知れないでしょう。

ところが、3度目のリプレイでは自分と同じくリプレイを繰り返すパメラ・フィリップスと出逢います。

自分と同じ境遇の他者と出会った主人公の混乱と喜びは、相当なものだったはずです。

十数年前に読んだリプレイを今になって読み返し、改めてその設定や物語の構成の素晴らしさに気付かされました。

孤独や人との繋がりの在り方を変えた情報化社会

近代はリプレイが出版された80年代とは大きく異なり、誰もが持っているスマートフォン1台で、自宅に居ながら様々な情報が得られる時代です。

SNSなどによって他者と繋がるハードルは格段に下がり、インターネットが存在しなかった時代と比べて簡易的な手段で孤独感を解消できるようにりました。

自分の必要に応じてコミュニケーションを取るこのような繋がりは、対面とは異なり煩わしさも最小限で済みます。「この人とは合わない」と感じたら、すぐに繋がりを断つことも容易です。

他者と繋がったり、コミュニケーションを取るためのハードルが下がったと言えるでしょう。

ところが、他者との比較によって感じる孤独もあると私は考えています。

友達のいない学生が、自分と友達の多い学生とを比較することで感じるような孤独感です。

現代社会では情報が簡単に手に入り、孤独感を解消しやすくなったのと同時に、他者の発信する情報と自身との比較がしやすい環境だと言えます。

これは繋がりを作るのが容易になったのと比例して、孤独を感じる機会もまた多くなったことを意味するのではないでしょうか。

そんな近代においては、時に本来であれば幸せを得るための手段としてのコミュニケーションが、孤独感を満たすためのものへと変わる瞬間も出てくるはずです。

しかし、人と繋がる機会を得るのが容易になったからといって、多くの人がそれに重きを置いて希薄なコミュニケーションを主としてしまうと、コミュニケーションという概念が形骸化してしまう危険性も孕んでいます。

対人コミュニケーションは双方がただ必要なことを伝えるだけではなく、それに伴った感情や想いなどの情報伝達も含んでおり、それを疎かにしては成立しないのではないかと私は考えています。

情報化社会だからこそ、人と人との交流を疎かにせず、利便化すべき点とそうではない点の線引きを明確にすることが重要なのではないでしょうか。

リプレイが伝えたかったことは何か

リプレイのストーリーは、全体を通して人間関係や家族、愛など、我々の生活の中に自然にある「幸せ」に重点を置いているように見受けられました。

リプレイという現象は、物語の中心にありつつも、あくまでもその補助的な役割として構成されたのではないでしょうか。

主人公のジェフ・ウィンストンは、リプレイに翻弄されつつも幸せを手に入れようと、様々な選択をします。それを知るのは本人とその時間軸の登場人物のみです。

当然ながら次のリプレイでは人々の記憶から消えてしまうのですが、人生に不満を抱いていた主人公がそれを繰り返すごとに、何かしらの気付きを得ているように感じられます。

私にとってリプレイは、ストーリー全体を通してジェフ・ウィンストンが自分の幸せの在り方に気付くための物語のように感じられました。

そして、リプレイのストーリーは、我々の日常にも重なるところがあるのではないかと思います。

現代では、孤独や人との繋がりの在り方は移り変わったものの「自分の意思を持って人生を選択していかなくてはいけな」ということは今も昔も変わりません。

必要に応じて世の中の変化に合わせつつも、自分の所在地を明確にして生きていきたいなと思いました。

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Takahiro Ichikawa