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  • Kentaro Matsuoka

官公庁プロジェクトは情報発信次第で社会にもっと届くと思う

弊社ではありがたいことに、中央省庁や自治体をはじめとするいわゆる官公庁(toG)領域のプロジェクトに関わらせていただく機会が多くあります。

情報設計やデザインやWebサイト制作や記事制作や撮影や広告運営などなど、これまで色々とお手伝いさせていただいてきました。

無名の小さい会社なのに本当にありがたいですよね…。

特定の企業様と連携させていただくケースもありますし、直接ご相談いただきプロジェクトを担うこともあります。

そうした仕事に携わる中で「このプロジェクトって情報発信まできちんと設計できていたら、社会に与えるインパクトはもっと大きくなんじゃないかな?」と思うことが多々あります。

公的なお仕事に関わらせていただけること自体はこの上なくありがたいことです。ただ、扱っているテーマや事業の中身に非常に強い社会性があるからこそ、「伝わり切っていない」ことがどうしても歯痒いのです。

多くの官公庁プロジェクトは社会課題に対する視座が高く、民間では手を出しづらい領域を扱い、かつ長期的な視点で設計されているという点で、凄まじい価値があります。

すごいんですよ色々と。

にもかかわらず、

「存在を知られていない」「内容が正しく理解されていない」「当事者にすら届き切っていない」という状況が、少なからず発生しているように見えるのです。

そこで、本記事では中央省庁や自治体などのプロジェクトこそ、デジタル領域における情報発信をもっと戦略的に扱うべきではないか?という点について、民間のWeb・情報発信に携わる立場から考えてみたいなと思います(あくまでデジタル領域における情報発信のみ考えます)。

なお、私は官公庁に所属したことはありませんし内部事情をすべて理解している立場でもありません。日々、多くの制約や責任の中で取り組まれている現場の皆さまには心から敬意を抱いています。

本稿は、否定や批判を目的としたものではなく「こうすれば、もっと社会に届くんじゃないかなあ」という極小民間事業者の戯言です。

官公庁の取り組みにいつも助けられている立場だからこそ、「なんかもったいない」と感じた点をあえて言葉にしてみようと思います。

弱小会社の由無し事、ご容赦ください。

前提、官公庁プロジェクトには社会のためになるものがたくさんある

まず最初にはっきり書いておきたいのがですね、「官公庁には、本当に良いプロジェクトが驚くほどたくさんあるぞ」ということ。

これは社交辞令ではありません。

実際に参画させていただき、色々と資料を読み、関係者のお話を聞くたびに感じる、率直な実感です。

といいますのもですね、官公庁プロジェクトには普段私たちが生活しているだけではまず出会えない視点がいっぱいあるんです。

民間企業では採算が合わず踏み込めない領域のプロジェクトも非常に多く、長期的な社会構造や、未来世代を見据えた設計はそうそう出会えるものではありません。

そのようなテーマに対して本気で向き合っているのが官公庁のプロジェクトだと感じています。

プロジェクトは本当に多岐に渡るのですが、たとえば、

  • 特定分野の研究や技術を長期的に支援する取り組み
  • 産学官連携によるエコシステム構築
  • 地域単位での産業創出や人材循環
  • 次世代教育やスタートアップ支援
  • 国際連携や海外展開を見据えた基盤づくり
  • 大学の研究支援
  • 資源開発人材の育成

などなど挙げ出したらキリがありません。

これらはどれも民間企業だけでは成立しにくい射程とスケールを持っています。そもそも本来民間企業が担うべきではない領域すらあります。

それは「利益を最優先しない」という前提があるからこそ可能な領域です。

「行政って、ここまで考えているんだなあ」と、感動すら覚えることも少なくありません。

だからこそ「これ、もっと知られていいはずだよな」「必要としている人に、ちゃんと届くべきだよな」となおさら思うんですよね。

そのプロジェクトの直接的な対象者はもちろん、まだ自分が対象者だと気づいていない人や、今は関係がなくても将来確実に関わることになる人などに知ってもらいたいんです。

そうした人たちにとって「知っているだけで選択肢が変わる情報」が、官公庁のプロジェクトには数多く含まれています。

社会的意義が高く、公共性があり、しかも実際に人の人生や事業を変えうる取り組みが数多く存在しているにもかかわらず、「知られていない/伝わり切っていない」という状況が生まれてしまっているように思えるのです。

情報発信に力をいれた方がいいと思う理由

僕がそう思う理由は簡単で、「素晴らしい取り組みをしているのに伝わっていない(ような気がする)」からです。

「〇〇さんは特定領域のトップランナーなのにこの事業知らないのか…!」といったケースはかなり多く目にしました。

「ちゃんと伝える戦略を考えたらもっといいことが起きそうなのに…!」とよく思います。

繰り返しますが官公庁のプロジェクトには、社会性の高い取り組みが本当に多く存在しています。

救われる人、背中を押される人、人生の選択肢が広がる人が確実にいるはずです。すごく簡単にいえば多くの人の人生を変える力を持っているんです。だからこそ、もっと多くの人に届いてほしいと強く思います。

一方で、その公共性ゆえに、事業規模が大きくなり、制度や仕組みが複雑化し、結果として参加ハードルが高くなってしまっている側面も否定できません。

「何をやっている事業なのか」「誰のためのものなのか」「参加するとどんな支援が受けられるのか」などの基本的な情報が、十分に噛み砕かれないまま提示されているケースも少なくないと感じます。

早い話がちょっと難しいんですね。

どうプロジェクトに関わったらいいのか分かりにくいこともありますし、そもそも参加することで何のメリットがあるのか記載されていないようなこともあります。

もし、取り組みの背景や価値、具体的なメリットを、ユーザー視点で丁寧に整理し、適切に情報発信できたとしたらどうでしょうか。

それだけで、一人でも多くの人に届き、人生を変えるきっかけになる可能性がぐんと増えると思うんです。

官公庁のプロジェクトは、本来それだけの力を持っています。

だからこそ、「中身」だけでなく、「伝え方」まで含めて設計されるべきだと感じています。

「いい事業をやっている」だけでは、もう届かない

官公庁のプロジェクトに限らず、社会性の高い事業に関わる中で何度も感じてきたことは、「いいことをやっているだけでは、もう人に届かない時代になっている」ということです。

どれだけ意義があり、どれだけ真面目で、どれだけ社会のためになる事業であっても、知られなければ存在しないのと同じです。

これは少し厳しい言い方かもしれませんが、今の情報環境においては現実だと思っています。

多くの場合、情報発信は「広報活動」として捉えられがちです。

事業内容をまとめて、Webサイトを作って、告知文を出すという「一連のマーケティング風」の仕草。これは「発信した」という事実を作っているだけであって、「届いた」「理解された」「参加された」こととは、必ずしも一致しません。

本来、情報発信はもっと構造的な役割を担うものであるはずなんです。

単なる告知ではなく、「人と事業をつなぎ、行動を生み、社会の中で機能させるため」に設計され、実行される必要があると考えています。

そのために、

  • 誰に向けた事業なのか
  • その人は今、どんな課題や不安を抱えているのか
  • どのタイミングで、どんな言葉なら届くのか
  • 参加することで、生活や意思決定がどう変わるのか

そんな基本的なことを突き詰めた方がいいのかなと思うのです。このような内容はマーケティングの本をひらけば序盤に書いてあるようなことですが、巨大なプロジェクトになればなるほど考えるのは難しいものです。

こうした問いたちを丁寧に整理し、情報を翻訳し、順序立て、適切な場所に配置しなくてはなりません。この設計があって初めて、情報発信は「社会装置」として機能すると思うんです。

官公庁のプロジェクトは、スケールが大きく、制度も複雑で、扱うテーマもとても高度です。正直、僕ごときでは何を言っているのかわからないこともあります。

だからこそ、何もしなければ自然に伝わっていくことはありません。

「特定の場所書いてある」「WEB上に資料は揃っている」では足りないのです。

必要なのは、事業の価値を、社会に流通可能な形に再編集することです。つまり、広報ではなく、コミュニケーション設計であり、編集であり、マーケティングです。

僕は「いい事業」を、「伝わってないけどいい事業」のままで終わらせたくありません。社会の中でちゃんと使われる存在にしたいものです。

情報発信はそのための付属作業ではなく、事業そのものを成立させる中核的な機能だと強く思っています。

「伝わらない」が発生する様々な原因を考えてみる

「伝わらない」という現象は、運用ミスや担当者の努力不足によって偶発的に起きているものではないと感じています。

官公庁に限っていえば、多くの場合、構造的に発生してしまうものです。

もしかしたら僕がわーわー言っても何も変えられないかもしれませんが、勇気を出して書いてみます。

僕が経験したことのあるプロジェクトはごくわずかですし、全てのプロジェクトが必ずしも僕が考えている課題を抱えているわけではないと思っています。

数少ない経験の中で思ったこととして綴らせてください。

仕様書がそもそもズレている

官公庁系のプロジェクトに関わっていて、最初に違和感を覚えることが多いのが仕様書です。

なお、「公募要領」「実施要領」「特記仕様書」「調達仕様書」などなど、名前が「仕様書」ではない場合もありますが、これらには「業務の範囲」や「成果物」について書かれたページが大体あるので、本記事における「仕様書」はおおまかに「業務の仕様が書かれた書類全般を指すもの」として進めさせてください。

さてさて、前年度の仕様書や、別のプロジェクトで使われていた仕様書の一部が、そのまま流用されているように見えるケースは決して少なくないように思えます。

もちろん、ゼロから毎回作り直すのは現実的ではありませんし、一定のフォーマットを踏襲する合理性も理解できます。

ただ、その結果として「今回のプロジェクトで本当に達成したいこと」と、「仕様書に書かれている要求内容」との間に、大きな乖離が生まれてしまっていることがあります。

特にデジタル領域では、このズレが顕著です。

事業の目的や社会的意義は非常に明確で立派なのに、それを実現するための仕様が現実の制作プロセスや運用体制と噛み合っていないこともあります。

時間的にも、技術的にも、人的にも、どう考えても無理がある条件が並んでいることもあるんですよね…

仕様書は本来、「何を実現したいのか」を実行可能な形に落とし込むための設計図のはずです。

しかし、「なんとなくこの辺やったらいんじゃないか?」的仕様書は、設計図ではなくプロジェクト目的に資さない作業指示書になってしまいます。

その状態でプロジェクトを進めるとどうしても本質的な部分が後回しになり、結果として「形にはなっているが、伝わらない」アウトプットが生まれてしまいます。

この問題は、誰か一人の判断ミスや知識不足が原因ではありません。

仕様書が作られるプロセスそのものが、事業の目的やユーザーの視点と十分に接続されていないことから生じる、構造的な課題だと感じています。

仕様書にあった例

じゃあどんな感じのことが書いてあるの?って思いますよね。

ざっくりこんな感じです。

事業の魅力が伝わるように工夫して情報発信を行うこと。

「そこから提案してくれよな!」って意味だと思うんですが、割とこのような文言は多くあります。工夫ってなんだろう…ぐらいの感じならまだまだ策を講じるの余地はあるのですが、以下はどうでしょう?

4月に受託した事業者は受託後速やかに5月までに前年度事業者からサーバーおよび .lg ドメインを引き継ぎ、厳格なセキュリティ要件をすべて満たした上で、全ページのデザインを一新し、情報発信が可能なCMSを新規構築し、多言語に対応させ、さらにアクセシビリティ等級AAを満たした運用体制を整えること。なお、Webサイトに使用する素材は全て受託者が用意すること。

実際こんな文章はありませんが、仕様書の内容を要約するとこんな感じになることはそう珍しくありません。

どうですかこの内容。Web制作に関わったことのある事業者であれば戦慄する内容です。かなり無理がありますよね。

もちろん、官公庁の担当者の方々はデジタルやWebの専門家ではありません。

「Webサイトは比較的すぐに作れるもの」という感覚を持たれている方がいらっしゃるのも、無理のない話だと思います。

実際、「アクセシビリティってなに?」「CMSってなに?」「静的ページってなに?」「SNSってなに?」などという前提から説明が必要になる場面も多くあります。

そのため、受託後に「現実的にはこのような進め方になります」「ここは段階的にやらないと品質が担保できません」といったすり合わせが必要になることも珍しくありません。この辺りは仕様書作成の段階でできれば理想なのですが…

別の楽しい例も挙げましょう。

多言語対応のCMSを新規構築し、ユーザー同士が交流できる仕組みを実装すること。インフラから全て整え、受託から2ヶ月間で公開すること。予算は100万円以内を想定。

なかなか痺れる内容ですね。

さらにこんなのもありました。

アクセシビリティに配慮するため、Googleアナリティクスは導入しないこと。

アクセシビリティ担保とGA導入に直接的な関係はなさそうですが、どのような意図があったのでしょう。

もし「GAを導入してはいけない」となった場合、事業の成果を定量的に把握することが難しくなってしまうかもしれません。

「どこが良くて、どこを改善すべきか」という判断がしにくくなってしまいます。結果として、せっかくの事業をより良く育てていくことが難しくなるかもしれません。

余談ですが、この「GAを入れてはいけないプロジェクト」の相談を頂戴した際、運用されていたサイト内に思いっきりGAが入っていてなかなか混乱しました。

話を戻しまして、どの仕様書も「善意」から出てきた要求であることは間違いありません。

ただ、技術・運用・予算・期間の関係性が整理されないまま要件として並んでしまうと、事業そのものの価値を十分に引き出せなくなってしまいます。

仕様書を作る側にも、ある程度のデジタルリテラシーや、「これは本当に同時にやるべきことなのか?」と立ち止まって考える視点が必要なのかもしれません。

仕様書を作るタイミングでもっと事業のことを考えたい

前述したような仕様書に真正面から応えようとするとどうしても無理が出ます。

限られた期間・予算の中で要求をすべて満たそうとすれば、本来かけるべきプロセスを省かざるを得なくなり、結果として「どれも中途半端」なアウトプットになってしまうことが少なくありません。

実際、

  • 情報設計が十分に行われていない
  • ユーザー視点での導線設計が甘い
  • ビジュアルも機能も最低限を満たすだけ

といった状態で事業がスタートし、そのまま改善されないケースをよく目にします。

特に、前年度からの引き継ぎ案件ではその傾向が非常に見受けられます。前年度事業者様が作成した画面の端々や運用フローを見ると、「ここ、本当はもっとやりたかったんだろうなあ…」という苦心が感じられるようなこともたくさんあります。

これは決して能力の問題ではなく、仕様と現実のギャップをなんとかしようとした結果なのだと思います。

こうした状態になると、ブランドとしての一貫性は弱まり、メッセージはぼやけ、結果として「誰のための事業なのか」が分かりにくくなってしまいます。

当然、情報発信をしても届きにくくなりますよね。

「誰に・何を・どうやって」という根幹部分から仕様書の内容を深く考える必要があるかもしれません。

本来の仕様書は単なる「発注条件」ではなく、事業の思想や優先順位を言語化したものである必要があると思うんです。

「ある程度は民間企業が考えてね!」という態度は全く問題ありませんが、あまりに曖昧なまま進んでしまうと、どれだけ優秀な事業者が関わってもアウトプットはどうしても弱くなってしまいます。

本当はこの段階から「この事業にとって最適な仕様とは何だろう」を一緒に考えられる関係性が作れたら理想だな、と感じています。

SNSや広告アカウントが作りにくい

いきなりかなりの各論です。

情報発信の設計を考える上で大きな制約になるのが「SNSアカウントや広告アカウントの解説、運用が難しい」という点です。

コミュニケーションデザインの観点から考えれば、「SNSを使って継続的に情報を届ける」「ターゲットに応じて広告を出し分ける」といった施策は、ごく自然な選択肢です。

むしろ、今のデジタル環境においては前提条件に近いとも言えます。

しかし官公庁系のプロジェクトでは、組織ルールやアカウント管理の責任範囲やリスク管理などなどの理由から、SNSや広告アカウントの開設・運用自体が難しいケースが多くあります。

その一方で、仕様書には「SNSや広告を活用して効果的に情報発信を行うこと」と書かれていることも珍しくありません。

ここでもまた、理想と現実のズレが生まれてしまいます。

もちろん、「組織として簡単にSNSを使えない」という事情は非常によく分かります。不用意な発信がリスクになることもありますし、一度作ったアカウントは簡単に閉じられないという判断も理解できます。なんならポンポンとアカウントを作ってしまう方が恐ろしいです。

しかし、情報発信において極めて強力なチャネルが最初から封じられてしまうというのは大きな制約であることは間違えないでしょう。

ここで強調したいのは、「SNSを使えない=情報発信ができない」ではない、ということです。ただしその場合、代替となる設計が必要になります。

SNSや広告が使えない前提においては改めて情報発信全体の戦略を組み直す必要があるのですが、その設計が十分に行われないまま終わってしまうプロジェクトも少なくありません。

結果として「伝えるべき情報はそこにあるのにそれを知る人がほとんどいない」という状態が生まれてやすくなってしまいます。

情報発信にどのように向き合うべきか

ここまで見てきた通り、官公庁系プロジェクトの情報発信には、制度・組織・運用上の制約が数多く存在します。

自由にSNSが使えない、広告が打ちにくい、仕様変更が難しいなどなど。正直に言えば、かなり厳しい条件があることも珍しくありまえん。

ただ、それを理由に「仕方がないよね」で終わらせてしまうのはダメです。社会性の高い事業ほど、誰にも届かないまま終わってしまいます。

「もっと良くできる余地はある」という前提で、少し踏み込んで考えてみたいと思います。

いよいよ実現可能性があるかどうかわからない話ですが、僕の戯言だと思ってどうかもう少しだけお付き合いをば。

まず仕様書をちゃんと作る

今回何度も出てきている内容ですが、仕様書のお話をまたします。

繰り返しますが、多くのケースで仕様書とビジネス、そして技術の現実が乖離してしまっています。まず手を入れるべきは、間違いなくここだと思っています。

「仕様書案の作成支援」自体が業務に含まれていたり、実質的に業者が書いた仕様書がそのまま採用されるケースもありますが、そのようなケースは一旦除きます。

民間の感覚で言えば、これは要件定義のフェーズに近いと思っています。

「何をつくるか」ではなく、「なぜそれをやるのか」「誰の、どんな課題をどう変えたいのか」「どうやって実現するのか」を言語化する工程ですね。

ここがボヤーっとしている状態では、どんなに優秀な事業者が関わってもプロジェクトはうまく前に進みません。

もちろん、仕様書を一から考えるのは本当に大変です。

実務の負荷も高いですし、「前年の仕様書をほぼそのまま使う」という判断が続いてしまう事情も理解できます。

ただ、デジタルの世界の変化速度は凄まじく、1年あれば技術もユーザー行動も前提条件も大きく変わります。そんな中で、プロジェクトの方向性まで「去年と全く同じ」で良いのかというと、やはり疑問が残ります。

「施策内容は民間が提案してよね」というスタンスも、現実的には正しい側面があります。

ただ理想を言えば、官と民が分断された状態ではなく、何を目指し、何をすべきか、そのためにどんな具体が必要なのかを一緒に考える形が取れた方が事業としての質は確実に上がるように思うのです。

官公庁の事業は、民間企業のように利益から逆算して投資するものではありません。

だからこそ、お金の使い道や設計の精度には、もっと工夫の余地があるのではないかなと感じています。

仕様書を「条件を並べた書類」ではなくて、社会をどう変えたいかを翻訳した書類として捉え直すことができれば、この国や地域を本当に良くするプロジェクトはまだまだ増やせると思っています。

情報発信の重要性をもっと大切に

「WEBサイトを作れば、必要な人は自然と見に来てくれるだろう」という前提で進んでいるケースを、いまだによく目にします。

断言しますが、見てもらえません。

悲しいですが、何もしなければ本当に見てもらえません。

今の情報環境において、発信されていない情報は存在していないのとほぼ同じです。

どれだけ社会性が高く意義のある取り組みであっても、知られなければ、届かなければ、なかったことになってしまいます。

これは虚しいです。

これは事業の価値が低いからではありません。価値があるからこそ、伝えるための工夫が必要なんです。

先ほども書きましたが、情報が溢れる時代において、「良いことをしている」だけでは人は振り向きません。

どんな文脈で、誰に向けて、どう語るのかという設計がなければ、どんなに立派な事業も埋もれてしまいます。

だからこそ、営利目的のためのものではなく社会性のある事業を、社会に正しく接続するための技術である「マーケティングやブランディングの視点」はもっと大切にされるべきだと思っています。

「発信しない限り、誰にも届かない」ということは、逆に言えば「設計された発信があれば、救われる人や、人生が変わる人に、確実に届く可能性がある」ということなのだと考えています。

発信は戦略的に

ここまで「情報発信は大事だ」と書いてきましたが、発信さえすればいいわけではありません。

記事を1本作った、SNSで告知した、動画を作ったなど、点の施策だけを積み重ねても、効果はかなり限定的です。

これは官公庁プロジェクトに限らず、どんな事業でも同じですよね。

必要なのは、まず全体の絵図を描くことです。

  • この事業は、誰に、どの段階で、どう理解されるべきなのか
  • ユーザーは、どこでこの取り組みを知り、どう関心を深め、どう行動するのか
  • WEBサイト、記事、イベント、資料は、それぞれどんな役割を担うのか

などなど、様々な構造を整理した上で、「どんなコンテンツが、どの順番で必要なのか」を考えたいものです。

この仕事をしていて本当に感じますが、情報発信に必要なのは作業ではなく、設計です。点で打つのではなく、線と面で組み立てる感覚に近いものです。

その視点がなければ、どれだけ真面目に発信しても事業の価値は十分に届かないまま終わってしまうと思っています。

結びに:一民間企業として、もっと良くなる余地を信じて

長々と失礼なことも含めて書いてしまいました…

官公庁の方々がオフラインで本当に多くのことをされていることは、実際に関わらせていただく中で強く感じています。

中央省庁や自治体の方々が、ここまでローカルな環境に足を運び、地道な活動を積み重ねているのか…と驚かされる場面もたくさんあります。

実際、素晴らしい仕様書で進められているプロジェクトもあれば、丁寧な設計と熱量をもって動いている事業も多く目にしてきました。

それでもなお、「もっと良くできる余地があるのではないか」と思ってしまうのは、それだけ官公庁プロジェクトが持つ力と可能性を信じているからです。

社会性が高く民間では決して実現できない取り組みだからこそ、正しく設計され、正しく伝わり、必要な人にきちんと届いてほしいんです。

この記事は決して否定的な「批判」で作ったわけではありません。「どうすればもっと機能するか」を考えるきっかけとして、少しでも役に立てば幸せです。

一人でも多くの人に、官公庁プロジェクトの魅力や力が、正しい形で届きますように。

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Kentaro Matsuoka