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「アメリカンホラーストーリーズ」シーズン3 第5話「ブラックルームズ」

私は、毎日2本以上の映画やドラマを見ることを日課としています。

年間で700本以上の映像作品を鑑賞している計算です。

このように日頃から映画やドラマを見ていると、自分の中の基準が厳しくなったためなのか時折、作品を純粋な気持ちで楽しめなくなることがあります。

しかしそれでもごく稀に、心に残る名作に出会うタイミングがあります。

私はかねてよりライアン・マーフィーが手がける「アメリカン・ホラー・ストーリー」のファンで、シーズン1から12まで全て見てきました。この作品は、各シーズンごとに話が独立しており、シーズンが変わるごとに同じキャストが別のキャラクターとして登場するのが特徴です。

しかし、全てにおいて独立しているかというとそうではなく、時系列や登場人物など一部同じ設定を共有しているのが面白いところです。

しかし、シーズンが進むにつれ社会的なメッセージが強くなりすぎていると感じ、シーズン9以降はあまり楽しめていませんでした。

そんなアメリカン・ホラー・ストーリーには「アメリカンホラーストーリーズ」という一話完結のスピンオフ作品があります。

こちらは本編と比べてあまり評価されていないものの、一度映画やドラマを見始めたら全て見ると日頃から心がけているため、惰性のような感覚で全て視聴するようにしていました。

ところが、これまで期待の薄かったアメリカンホラーストーリーズのシーズン3の5話「Backrooms(放題:ブラックルームズ)」を先日見て、衝撃を受けたので紹介したいと思います。

内容にネタバレを含むので、視聴する予定がある方はその後に読んでいただけると幸いです。

1 バックルームのストーリー

マイケル・インペリオリが演じる主人公の「ダニエル・ハウスマン・バーガー」は、アカデミー賞にて4部門受賞したコーラスという作品の脚本を手がけた売れっ子の作家です。

本作の冒頭は豪華な住宅の外観と、ダニエルが原稿を執筆する書斎の風景から始まります。

作業草案のタイトルには、騒々しくさせるという意味を持つLOUDENと書かれており、本作のストーリーを示唆する内容をタイピングするダニエル。

部屋に丁寧に並ぶ4つののトロフィーや規則正しく本が並べられた棚、綺麗に整理されたデスク周りからは、ダニエルの神経質な性格が伺えます。

元妻リヴァとは離婚し、息子のローマンが行方不明になった状況でも仕事に没頭している様子です。

そんな彼の日常が、自宅のドアを開けた瞬間に一変します。

ドアの向こうには予想外にもスーパーマーケットが広がっていました。空のスーパーで混乱するダニエルがスタッフ呼び出しボタンを押すと、蛍光灯が次々と消え、バックヤードのドアからは血のような液体が流れ出します。

そこに行方不明のはずの息子ローマンが仮面をつけて現れるも、別の影に連れ去られてしまいます。

すると次の瞬間には、ダニエルは自宅の書斎に戻っていました。

アーロンに連絡すると、ダニエルは3週間も姿を消していたことが判明します。レストランでアーロンと会う約束を取り付け、アーロンに会いに行くと、その隣には元妻リヴァの姿がありました。

そこで、リヴァからローマンが遺体となって見つかったという衝撃の事実を知らされます。

トイレに向かうと、再び見知らぬ空間「バックルーム」に迷い込みます。

不気味な部屋をさまよい、最後の晩餐を思わせる場面に遭遇し、アカデミー賞のトロフィーを見つけるも、それを落とすと仮面を被った群衆に追われるダニエル。逃げる先で息子ローマンと再会するも、フラッシュバックと共に突然自宅に戻ります。

この空間についてインターネットで調べると、ダニエルが迷い込んだ場所「リミナルスペース」は、現実と非現実の狭間にある場所だったようです。

そして、それを説明する動画を撮影した人物に連絡をとり、会いに行きます。

この現象を経験したという男と刑務所で面会し、そこから脱出するには真実に向き合わなければならないと告げられます。

この動画の男は交通事故で人を死なせた罪から逃げていたが、真実を告白し現実に戻ることができたといいます。

決意を固めたダニエルですが、次の瞬間、自宅は警察に包囲されていました。書斎の拳銃で抵抗するも撃たれ、過去の家族との葛藤の記憶が蘇ります。

倒れる瞬間、再びバックルームに引き込まれます。これまでとは打って変わって、赤く、不気味な空間につながっており、先が見えない下のエスカレーターに乗り、下へと降っていくダニエル。

エスカレーターを降りた先でローマンと赤い女に合います。「着いたばかりなのに?これまでこんなに奥深くまで来られた人はいない」と言う赤い女に真実を話すから出してくれと懇願します。

赤い女は行きたいなら行けと案内され、出口と書かれたドアを抜けると、そこには待合室がありました。

ダニエルは、テレビに映る「番号札をお取りください」の案内に従って番号札を取ります。

しかし待合室で取った番号札の数字は途方もなく大きく、現在対応中の番号は「000 000 000 000 000 001」。彼の贖罪はまだ始まったばかりと知らされるのでした。

2 本作が伝えたかったことの考察

バックルームズは、一見すると一時の苛立ちで息子を殺めてしまった男がショックからその記憶が抜け落ちたものの、バックルームをきっかけに徐々に記憶が蘇り、罪の重さを自覚するストーリーのように見えます。

内容をそのままに受け取ると、先が読みやすい退屈なストーリーです。

しかし、どこかに違和感を感じ、引っかかります。

それをきっかけに2回目を視聴しすると、この作品が伝えたかったことが見えてきたような気がしました。

まず感じたのが、ダニエルは罪を犯したショックで記憶が消えたわけではなく、あくまでも自分本位な理由から自分が犯した罪を思い出さないように逃避していたということ。

初めてバックルームに行った時も、2回目や最後の時も、そのきっかけになっていたのは、行方不明の息子が話題に登場し、その出来事を意識させられた瞬間です。

リヴァに息子の死を知らされるシーンでは「犯人の手がかりは見つかってないのか?」と聞き、まだ何もないと知ると、ダニエルはどこか柔らかい表情になります。

ダニエルはあくまでも自分本位な人間ということです。

バックルームでトロフィーを落とし、仮面を被った群衆に追われるシーンも「周りにバレているんじゃないか」という被害妄想から「周囲の人の目が恐ろしくなった、功績が無駄になってしまう」というダニエルの精神状態を表現したメタファーに思えます。

それだけでなく、バックルームの存在自体が「自分の犯した罪について考えないようにしているダニエルが、無意識のうちに脳裏に浮かべた罪悪感の表現」と捉えることもできます。

警察に銃で撃たれてバックルームに行った際、つまり死の間際ですら罪の意識から逃れるために懇願します。

このような行動が最終的に、ビートルジュースをオマージュした待合室の演出で、途方もない時間を待たされるという結果を招きました。

最後に

バックルームズを見て、メタファーによって主人公の感情を繊細に描くその表現力に衝撃を受けました。

さらに、一見すると先の予想がしやすく単純に見えるものの、その背景には緻密な設計があるというストーリー構成も、作品をわかりやすくしすぎないという点で良い手法です。

近年では「過剰な演出で視聴者の興味を引いて、裏の意味を少し匂わす」という映画やドラマが多い中、地味な内容で多くの情報が伝えようとする姿勢には敬服します。

この記事を書いていて「映像作品を文章で表現する難しさ」「伝えたいことを伝える難しさ」を思い知らされています。

このような作品により多く触れるためにも、1日に2本以上の映画やドラマを見る習慣を、今後も続けていこうと思いました。

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Takahiro Ichikawa