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「旅情」高知 – 龍馬の海、悠久の地底と夏の記憶

2023年7月。徳島の余韻が心に残る中、私たちは土佐の国、高知へと歩みを進めました。

夕闇が街を包み始める頃、私たちは地元の味を求めて街へと繰り出すことに。ホテルのスタッフの方に「高知と言えばやはりカツオでしょうか」と問いかけると、地元で愛される居酒屋さんを教えてくれました。

訪れたお店のカツオは藁焼きの香ばしさと身の中に秘めた旨味が調和しており、関東圏でいただくカツオとは異なる豊かさを感じます。牡蠣の大きさにも驚かされました。

お酒もまた、土佐の魂を映し出すかのように個性豊かでした。船中八策、吟の夢、司牡丹。

一杯、また一杯と重ねるうちに徳島での疲れが溶けていくのを感じます。それと同時に高知という土地への親密さが少しずつ心の中に芽生えていくのを覚えます。

食事の写真を一切撮影していませんでしたので外観だけ

食事を終えて外に出ると高知に舞う夏の夜風が頬を撫でていきます。徳島で紡いだ思い出にこれから高知で織り上げる新たな記憶が重なっていく。そう思うと旅の醍醐味を改めて実感せずにはいられません。

静かな高知の夜に包まれながら、私たちは眠りにつきました。

桂浜 – 龍馬が見つめる太平洋の詩

朝の光が高知の街を優しく包み込む中、私たちは桂浜へと向かいます。

高知県が誇る景勝地のひとつ桂浜。その名は古くから人々の心を魅了してきました。 海と山に抱かれたこの地は、まるで太平洋の荒々しさと四国山地の静けさが融合しているかのようでした。

桂浜に足を踏み入れた瞬間、歴史と自然が織りなす絶妙な調和に思わず息を呑みました。

長宗我部の記憶を宿す浦戸城跡、龍馬の魂が息づく記念館、そして風雪に耐えてきた桂浜荘。これらの存在が、この地の深い歴史を物語っています。浜には水族館が、そして竜王岬と五色の石が、自然と人の営みの調和を物語るようです。

弓なりに広がる白砂の浜、その背後に茂る深緑の松林、そして果てしなく広がる紺碧の太平洋。

それはまるで自然が丹精込めて作り上げた一幅の絵のようでした。

また、桂浜は月見の名所としても知られ、「よさこい節」にもその風情が歌われています。月の名所として名高い丘には、坂本龍馬の像が凛として立ち、その姿は太平洋に向かって未来を見据えているかのようにも映ります。

丘の上に佇む坂本龍馬像に出会った時、胸に込み上げるものがありました。太平洋の荒波に向かって凛としたまなざしを向ける龍馬の姿に、時代を変えようとした若者の熱い想いを感じます。

その若さと志の高さに身が引き締まる思いがしました。33歳で倒れた龍馬、30歳で共に散った中岡慎太郎。その生き方に、己の未熟さを痛感せずにはいられませんでした。

桂浜の美しさは、季節によって様々な表情を見せるのでしょう。夏の陽射しに輝く海面、秋の月明かりに照らされる白砂、冬の荒波が打ち寄せる岸辺、春の柔らかな光に包まれる松林。

夏の陽射しの中で訪れた私たちですが、秋の月明かりに照らされた桂浜もまた、格別の美しさを見せてくれるのだろうと想像せずにはいられません。

桂浜水族館 – 90年の歴史が紡ぐ土佐の海

桂浜の自然と歴史に触れた後、私たちは浜辺を散歩しながら桂浜水族館へと足を向けました。

1931年の開館以来、約90年の歴史を刻むこの水族館はまるで高知の海の記憶を守り続けているかのようでした。太平洋戦争という激動の時代を乗り越えたその姿に、高知の人々の強さと優しさを感じずにはいられません。

敷地内に設けられた「かつらやばし」は「はりまや橋」を模したユニークな造り。その奥にひっそりと佇む坂本龍馬の石像も遊び心に溢れます。

小ぶりな「かつらやばし」の奥にはミニ龍馬像が

水族館の中でさえ、龍馬の存在が高知の人々の心に深く根付いていることを実感させられます。

館内に一歩足を踏み入れると、そこには土佐湾の豊かな生態系が広がっていました。

主に土佐湾に生息する200種類ほどの海の生き物たち、トドやペンギン、カピバラまでもが私たちを静かに迎えてくれました。

息子は生まれて初めて目の前で泳ぐ魚を見た驚きと喜びで、終始楽しんでいたようです。小さな手で水槽を指さし、魚の名前を尋ねる姿に、私たち大人が忘れていた「発見の喜び」を思い出させられるようでした。

次の目的地に向かうため、強く美しい桂浜の海を後にします。

龍河洞 – 1億7500万年の時が育んだ地底芸術への挑戦

桂浜の海辺から内陸へと足を延ばし、私たちは龍河洞へと向かいました。

龍河洞へ向かう道中、商店街の風情ある佇まいに惹かれます。店先や路地に至るまで、趣深い表情を見せてくれます。

龍河洞商店街は趣のある通りが続きます

商店街を抜け、鍾乳洞「龍河洞」へと向かいます。

龍河洞は岩手県の龍泉洞、山口県の秋芳洞とともに「日本三大鍾乳洞」のひとつと聞いていましたが、実際の姿は想像をはるかに超えるものでした。

1億7500万年という途方もない時間が刻んだ自然の芸術に私たちは言葉を失いました。岩と岩の間をすり抜ける細い道は、まるで地球の記憶の奥底へと分け入っていくような感覚を与えてくれます。

狭い通りを進みます

内部では長い階段が複数登場します

屈まなくては通れない場所、とても幅が狭い道、どこまでも続くかのような長い階段、水滴で滑る通路。

険しい道が続きます。

手が届くほど間近に迫る岩肌は、まるで太古の生き物のようにも見えます。信じられないような大きさ、理解し難い形状の鍾乳石が至る所に存在しており、自然が紡ぎ出した芸術作品の数々に畏敬の念を抱かずにはいられません。

2000年前の弥生時代の生活跡や、鍾乳洞と一体化した土器も存在していました。それらはこの地に生きた人々の息遣いを今に伝えているようです。また、11mもの高さを誇る「天降石」に至っては実に15万年の歳月をかけて形作られたそうです。

その姿はまさに時の結晶とでも呼ぶべきものでした。

幻想的な「記念の滝」

鍾乳洞内にある滝は特に印象的でした。

特に10メートルを超える「記念の滝」のライトアップは、まるで幻想の世界に足を踏み入れたかのような圧倒的な光景でした。そのあまりに非現実的な美しさに息をのみます。水滴が岩肌を伝う音や遠くに響く水の轟きも相まって、いっそう神秘的な雰囲気が漂っていたことを強く覚えています。鮮やかな光を浴びた滝はまるで地底に隠された宝石のように輝き、私たちは時間の流れさえ忘れるほどに魅了されました。

さて、ここからさらに道のりを進みます。

スタートからおよそ60分が経過した頃だったでしょうか。ようやく出口の光が見えてきました。

行きはエスカレーターが用意されていましたが、帰路では長い階段が私たちを待っていました。

ここから長い距離を下ります

エスカレーターの便利さとは対照的に、この階段は私たちに自然との直接的な触れ合いを提供してくれます。

鍾乳洞の神秘的かつ幽玄な世界から、生命力溢れる地上の世界へ。一段一段と階段を降りていくにつれ、周囲の景色が徐々に変化していきます。

景色の移り変わり、それもまた美しく感じます。

木々のざわめき、鳥のさえずり、そして時折感じる風の息吹。それらは全て、地上の生命の営みを雄弁に物語っているようでした。

鍾乳洞の中で感じた地球の悠久の時の流れと、地上で感じる生命の躍動。この対比が、龍河洞の魅力をさらに深めているのかもしれません。

地下と地上、静と動、古代と現在。本来対比すべきこれらの要素が見事に調和した龍河洞は、まさに自然が生み出した傑作に他なりません。

この場所は単に「見る」観光地ではなく、全身で「体験する」自然の芸術であると感じます。

龍河洞内部の極端に狭い通路、慣れない暗闇。さらに龍河洞を抜け出た後の長い階段とその周りを囲む豊かな自然。それらはこの地の魅力の一つでしたが、当時2歳だった息子にとってはなかなかにハードな旅路だったかもしれません。

それでも、彼は勇敢に最後まで歩き通しました。

洞窟を抜けて長い階段を降り切り、妻とハイタッチをする息子の姿を見た時、胸が熱くなりました。少し大袈裟ですが、家族一丸で冒険を成し遂げたという深い達成感のようなものを感じたのです。

1億7500万年の時が作り出した芸術とそれに挑む2歳の息子。家族で乗り越えたほんの小さな冒険。

龍河洞での体験は、高知旅行の中でも特別な輝きを放つ思い出となりました。

帰路へ – 旅の余韻と息子の寝顔

空港にも龍馬さんが

高知龍馬空港に着くと、ここでも坂本龍馬の姿が私たちを出迎えてくれました。空港内で軽く食事をとりながら、これまでの旅路を振り返ります。

初日に訪れた徳島の美術館での感動、鳴門の渦潮、うだつの街並の風情。翌日高知で出会った桂浜の絶景、水族館での驚き、そして龍河洞での冒険。

そしてそれらを支える人々の優しさ。その温かさは、旅の思い出に柔らかな光を添えてくれました。

飛行機の窓から見える四国の景色が、徐々に小さくなっていきます。

雄大な太平洋、緑豊かな山々、そして私たちに数々の思い出をくれた街並み。

それらが遠ざかっていく様子を見ながら、不思議な寂しさと充実感が入り混じる感覚に包まれました。まるで大切な人との別れを惜しむような、そんな気持ちでした。

長い旅路を終え我が家に。満足そうな表情で眠る息子の穏やかな寝顔には旅の疲れと充実感が混ざり合っているようでした。

家族で共有した時間、乗り越えた困難、そして新たな発見の喜び。それらすべてが、この小さな寝顔に集約されているようでした。

もしかしたら息子のこの表情こそが私たちの旅の真の目的だったのかもしれません。

これからも家族でたくさんの思い出を作っていこうと、そう思った瞬間でした。

 

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Kentaro Matsuoka