「今月のインプレッションが好調で、CTRも改善。CVも増えてきたので、CPAは想定内ですね」
Web業界の現場では、こんな会話が日常的に交わされます。業界に入ったばかりの方や異業種から転職してきた方にとっては、まるで「呪文」のように聞こえるかもしれません。
私自身も会議中に飛び交う略語やカタカナ語に圧倒され、「何が話されているのか、半分も理解できない」と感じたものです。
横文字が業界標準となった背景
横文字が多用される背景には、いくつかの理由があります。
まず、Web業界で使われる多くの言葉は、アメリカ発のプラットフォームやツールに由来しています。GoogleやMeta(旧Facebook)といったグローバル企業が生み出した指標や概念は、そのまま英語や略語として導入され、日本国内でも標準的に使用されるようになりました。
また、横文字や略語は少ない文字数で複雑な意味を表現できるという利便性があります。打ち合わせやチャット、資料などで効率的にやりとりするには、横文字はとても便利。特にスピードが求められるWeb業界では、この“省略力”が重宝されている理由のひとつです。
さらに、ビジネスシーンでは「カタカナ語を使いこなす=業界に精通している」という無意識の印象が働くことも少なくありません。こうした心理的な効果も、横文字が浸透した一因だと考えられます。
しかし一方で、それらの用語が“暗黙の共通言語”として扱われてしまうことで、業界未経験者や異職種からの転職者にとって大きなハードルになることも事実です。特に新人やクライアントに対して、「分かっていて当然」といった空気の中で説明が省略されると、コミュニケーションに大きなズレが生じるリスクもあります。
横文字の多用は業界のスピード感や専門性を支える一方で、「分かる人にしか伝わらない閉じた言語」になり得るという側面も含んでいるのです。
現場でよく出てくる横文字集
現場でよく使われるカタカナ用語について、いくつかピックアップしました。ここで紹介しているのは一部であり、他にもさまざまな用語が存在します。
インプレッション(Impression)
広告やSNSの投稿が、画面に表示された回数のこと。誰かのスマホやPCに「出た」だけで、見られたとは限りません。
例:「今月はインプレッション数が10万回を超えました」=広告が10万回表示された
リーチ(Reach)
その投稿や広告が実際に届いた「人数」。
例:「リーチは8万人」=8万人のユーザーに届いた
CTR(Click Through Rate)
クリック率のことで、表示された数(インプレッション)に対して何回クリックされたかの割合を指します。
例:「CTRが3.2%」=100回表示されたうち3〜4回クリックされた
CV(Conversion)
設定した「目的となる行動」が達成された回数。たとえば、商品の購入、資料請求、会員登録などです。
例:「昨日のCV数は12」=12人が目的の行動をしてくれた
CVR(Conversion Rate)
サイトに来た人のうち、何%がコンバージョンしたかを表す指標。
例:「CVRが5%」=来訪者の20人に1人が資料請求や購入をした
CPA(Cost Per Acquisition)
1件のCV(購入や申し込み)を獲得するのにかかった広告費。
例:「CPAが3,000円」=1人に買ってもらうために、3,000円の広告費が必要だった
CPC(Cost Per Click)
1クリックあたりにかかる広告費のこと。
例:「CPCが100円」=広告が1回クリックされるたびに100円がかかっている
ROAS(Return on Advertising Spend)
広告費に対して、どれだけの売上が得られたかを示す数値。
例:「ROASが500%」=1万円の広告費で5万円の売上が出た
LTV(Life Time Value)
1人のお客様が生涯にわたってもたらす価値。リピーターの多い業種では非常に重要な指標。
例:「LTVが2万円」=平均的なお客様が、今後の合計で2万円分購入してくれる見込み
KGI / KPI
- KGI(Key Goal Indicator):最終的に達成したい“ゴール”の指標(例:売上1,000万円)
- KPI(Key Performance Indicator):その達成のために追う“中間指標”(例:CV数・CTR・CPAなど)
例:「KGIは年間1万人の会員登録。KPIは月間CV数800件を目標に設定」
PDCA
- Plan(計画)
- Do(実行)
- Check(評価)
- Action(改善)
Webマーケティングや広告運用でよく使われる基本フレーム。「まずやってみて、検証して、改善する」の繰り返し。
タッチポイント(Touchpoint)
ユーザーが商品やサービスと接触するあらゆる場面。広告、Webサイト、SNS投稿、店舗などすべてが該当。
例:「最初のタッチポイントはInstagram。その後LPに誘導」
トンマナ(トーン&マナー)
デザインや言葉の“雰囲気と一貫性”のこと。ブランドの世界観や、発信のスタイルを統一するために使用。
例:「若年層向けなので、ややカジュアルなトンマナに統一しよう」
サムネイル(サムネ)
動画や記事の表紙となる画像。YouTubeやブログなどで最初に見られる要素。
CTA(Call to Action)
ユーザーに「何かアクションをしてもらう」ための文言。「今すぐ申し込む」「無料でダウンロード」など。
LP(ランディングページ)
広告などから誘導する1枚完結型のWebページ。商品やサービスの説明に特化し、CVへつなげるのが目的。
横文字を使いこなすより大切なこと
カタカナ語や略語を使用すること自体に問題があるわけではありません。重要なのは、それらの言葉が「相手に正しく伝わるかどうか」という点です。
たとえば「CVR」という言葉を使う場面を考えてみましょう。
業界内の方であれば、意味をすぐに理解できるかもしれませんが、すべてのクライアントがその略語の意味や重要性を把握しているとは限りません。
そんなときに、「CVRとは、サイトを訪れた人のうち、どれくらいの割合で資料請求や購入などの成果に至ったかを示す数値です」とわかりやすく説明する“翻訳力”が求められます。
つまり、専門用語をスムーズに使いこなす力よりも、それを状況に応じて噛み砕いて説明できる力のほうが、実務ではずっと重要なのです。
カタカナ語は、通じる相手には便利な言葉ですが、通じない相手にとっては大きな壁になってしまいます。だからこそ、そのギャップを埋める「翻訳力」こそが、ビジネスシーンにおける信頼を生み出す要素と言えるでしょう。
言葉の配慮が信頼をつくる
Web業界で働く以上、カタカナ語や英語由来の用語と無縁ではいられません。それらと適切に付き合っていく姿勢は、もはや前提といえるでしょう。
Web業界において、横文字は今後も増え続けるはずです。実際、AI技術の発展により「LLMO」など、新たな専門用語が生まれています。
重要なのは、「分かったふりをしないこと」と「相手に伝わる形で説明できること」です。横文字に精通していること自体が評価されるのではなく、それを文脈に応じて翻訳・解釈し、正確に伝える力こそが、ビジネスの現場では信頼につながります。
つまり、カタカナ語を使いこなすというのは、単に発言の中に織り交ぜることではありません。「この言葉が相手にどう響くか」「どのように補足すれば誤解を生まないか」を意識しながら言葉を選び取っていくことであり、翻訳者としての視点を持つことが大切です。