SEOに携わっていると、定期的に話題に上がるのが、Googleのアルゴリズムアップデートです。
アップデートのたびに、「今回の変更点は何か」「どう対応すべきか」と情報を追いかけることになりますが、突き詰めて考えると、語られていること自体は毎回それほど変わりません。
要するに、「ユーザー目線に立った記事をつくりましょう」という、ごく基本的な考え方です。
この考え方に異論があるわけではありませんが、実務の中で「本当にユーザー目線で書けているだろうか」と考える瞬間があります。
ユーザー目線が大切だということは理解していますが、実際に記事という形に落とし込もうとすると、意外とうまくいかないこともあります。
そんな違和感を覚えたので、今回はその理由を探るために、これまでの記事づくりを振り返ってみました。
手応えはあったのに、読まれなかった記事
これまで多くの記事を執筆してきました。
振り返ってみると、「これはユーザー目線で書けた」と手応えを感じていたにもかかわらず、想定していたほど読まれなかった記事がいくつもあります。
たとえば、検索ボリュームも一定数あり、競合記事も丁寧に分析したうえで構成を組んだ記事です。想定キーワードでは10位前後に表示され、検索順位だけを見れば「大きく失敗した」と言える状態ではありませんでした。
それでも、クリック率は伸びず、滞在時間も平均的。読まれてはいるが、選ばれてはいない。そんな数値が並んでいました。
それらの記事は、検索順位が極端に低かったわけではありませんし、情報として致命的な欠陥があったわけでもありません。それでも、アクセス数は思ったように伸びませんでした。
執筆中は、情報の正確性や網羅性、冗長さ、誤字脱字などを確認しながら記事を仕上げます。その段階では、大きな違和感に気づかないことも少なくありません。
むしろ、気づくのは公開後に読み返したときです。
「ここはテーブルやリスト表記の方が伝わりやすかった」「改行した方が、読む負担は減ったのではないか」「情報は正しいが、少し詰め込みすぎている」などの気づきが、出てくることが多く感じます。
当時は「もう少し表現を工夫すればよかった」「構成を整理すれば改善できそうだ」と考えていましたが、今振り返ると、それは表層的な改善にすぎなかったようにも思います。根本的には、読み手がどの段階で迷っているのか、その前提を十分に掘り下げられていなかったのかもしれません。
このような記事を一言で表すとすれば、「無難だった」という表現が最も近いように感じます。
内容に大きな誤りはなく、極端に尖った主張もありません。誰かから強く否定されることはありませんでしたが、同時に選ばれる理由もありませんでした。
しかし、「これを読みたい」「ここでなければならない」と思わせる決定打を欠いていたように感じます。その結果、可もなく不可もない記事として埋もれてしまっていたのだと思います。
説明として正しいが、読まれない文章
情報の正確性や網羅性を重視すること自体は、決して間違いではありません。むしろ、編集者として最低限担保すべき責任だと考えています。
情報を扱う以上、間違ってはいけませんし、誰かを誤解させる表現は避けなければなりません。読者に不利益を与える可能性がある書き方も避ける必要があります。
こうした意識は、記事を執筆していく工程では大切な行動です。
これまで、自分がSEO記事を作ってきた中でも、網羅性を強く意識する場面は多くありました。
想定される疑問をできるだけ拾い、検索意図から外れない構成を組むことで、記事としての完成度を高めようとしてきました。ただ、そればかりに気を取られてしまうと、記事はいつの間にか「完成度の高い説明文」になりがちです。
実際、「ここまで書いておけば漏れはないだろう」「指摘されるポイントは潰せているはずだ」と、自分自身を納得させながら執筆していた感覚もありました。その判断基準は、読者ではなく、想定されるツッコミや検索エンジン側の評価に寄っていたように思います。
ユーザーは、必ずしも情報を知りたいだけで検索しているわけではありません。
判断に迷っている、失敗したくない、自分の考えを整理したいなど。検索キーワードは、そうした状態への入口にすぎません。本来であれば、ユーザーが今どこでつまずいているのか、何に不安を感じているのか、どの順番なら理解しやすいのかを表現する必要があります。
情報そのものが主役になってしまうと、正しいことは言っているがどこかで見たことのあるようなものになってしまいます。
何を書くかではなく、誰のために書くかという考え方
ユーザー目線の記事コンテンツを制作するには、新しい技術を身につけることでも、SEOの知識を増やすことでもありません。
記事を書き始めるときに、考え方を少し変えることだと思っています。
以前の記事づくりを振り返ると、多くの場合、「何を書くか」から考え始めていました。扱うテーマがあり、盛り込むべき情報を調査し、アウトラインへと落とし込んでいきます。
ただ、その順番のまま書き進めると、文章はどうしても説明寄りになります。情報としては正しいものの、読者が置かれている状況や感情とは、少し距離のある文章になりがちです。
そこで「何を書くか」ではなく、「この文章は、どんな状態のユーザーに読まれるのか」という問いから考えます。その人がどんな迷いを抱え、どんな判断を前に立ち止まっているのかを想像することです。
たとえば、「選択肢が多すぎて決めきれない状態なのか」「すでにある程度決めていて、最後の後押しを求めているのか」。この違いだけでも、かける言葉や情報の順番は変わるはずです。
この視点が定まらないまま書き始めると、記事は無難になってしまうことが多いです。
もう一つ大切だと感じているのは、ユーザー目線は執筆時点で完成しにくいものということです。
執筆中は気づかなかった違和感が、公開後に読み返すと見えてきます。少し詰め込みすぎていたなとか、ここは言い換えた方が伝わりそうだな、など。
そうした感覚こそが、ユーザー目線なのではないかと思います。つまり、ユーザー目線とは最初から完璧に備わるものではなく、公開後の違和感や反省を通じて、少しずつ更新されていくものなのだと感じています。
誰に向けて書いているのか。誰の状態から考え始めているのか。そのような問いを執筆前から考えておくことが大切な一歩になると考えます。