2026年5月18日、Tokyo Innovation Base(TiB)で開催された、東京都の「大学発スタートアップ創出支援事業」に関するセミナーに参加させていただきました。
弊社はスタートアップ企業ではありませんし、大学関係者でもありません。大学発スタートアップや研究シーズの事業化という領域についても、正直なところ、専門的に語れる立場では全くありません。
今回参加したのは、事業づくりや組織づくり、そして新しい価値を社会に届けていくという点において、学べることが多いのではないかと感じたからです。
実際に参加してみると「大学発スタートアップ」という一見自分たちとは距離のあるテーマの中に、会社を経営するうえでの示唆がいくつもありました。
起業を生み出すための環境づくり、人の資質に合わせた役割について、異なる専門性を持つ人同士が、同じ方向を向くための言葉への向き合い方や、何か新しいことを始めるときに必要な巻き込み方などなど。
大変勉強になりました。
分野は違っても、事業を前に進めるうえで大切なことはかなり共通しているのだと感じました。
今回のセミナーで得た学びを、自分自身の整理も兼ねて書き残しておきたいと思います。
そもそも「大学発スタートアップ創出支援事業」とは何か
まず、今回のセミナーのテーマである「大学発スタートアップ創出支援事業」について、簡単に整理してみます。
詳細は公式Webサイトをご確認いただくのがよいと思いますが、すごくざっくり言えば「東京都が大学発スタートアップの創出を後押しするために行っている支援事業」です。
ざっくりですね。
公式サイトから言葉を借りながら筆を進めますが、東京都は「未来を切り拓く10×10×10のイノベーションビジョン」を掲げ、グローバルに活躍するスタートアップの創出や、スタートアップの裾野拡大に取り組んでおり、その一環として、令和5年度から始まったのが、この「大学発スタートアップ創出支援事業」だそうです。
東京には、多くの大学や研究機関が集積していることもあり、社会に大きな価値をもたらす可能性のある研究シーズやアイデアが数多く存在しています。が、優れた研究や技術があることと、それを事業として社会実装していくことは別のお話です。
研究成果を事業化するには、ビジネスモデルの検討、知財戦略、資金調達、チームづくり、外部人材との連携、学内の理解形成など、さまざまな要素が必要になります。研究者個人の努力だけで乗り越えるには、あまりにも領域が広く、負荷も大きいものだと思うのです。
そこで、この事業では、大学が持つ研究シーズやアイデアをスタートアップ創出につなげていくために、大学側の体制づくりや事業化支援を行っているようです。
支援内容としては、大きく分けて「事業ステップアップ支援」と「学内体制構築支援」の2つ。
「事業ステップアップ支援」は、すでに研究シーズ等を活用した事業化に取り組んでいる大学や、スタートアップ創出に向けた活動を進めている大学が、さらにその取り組みを発展させていくための支援です。他大学との連携も含めながら、大学発スタートアップ創出の取り組みを一段階引き上げていくことを目指しているものだと理解しました。
一方の「学内体制構築支援」は、これから学内でスタートアップ創出に取り組むための土台を整えていく支援です。コーディネーターによる伴走を通じて、学内のビジョンや戦略の明確化、組織体制の整備、専門家とのネットワークづくりなどを進めていくものとされています。
個人的にとてもよい取り組みだと感じたのは、単に「起業しましょうよ!」「スタートアップを増やしましょうよ!」と呼びかけるだけではなく、その前提となる環境づくりに目を向けている点です。
新しい事業を生み出すには、アイデアや技術だけでなく、それを支える仕組みが本当に重要です。
相談できる人がいること。学内で理解者を増やせること。専門家や外部人材とつながれること。事業化に向けて、何から始めればよいかを一緒に考えてくれる存在がいること。
スタートアップとはちょっと違いますが、起業した身からするとこのような場所があるだけでどれだけ心強いか…
逆にこうした土台がなければ、どれだけ優れた研究があっても、社会に届く前に止まってしまう可能性すらあるかもしれません。
その意味で、この事業は大学発スタートアップを増やすための支援であると同時に、大学の中に眠っている知や技術を、社会に接続していくための仕組みづくりでもあるのだと思います。
大学、研究者、学生、外部人材、事業会社、行政など、それぞれの立場や言葉は異なりますが、「それらをつなぎながら、新しい価値を社会に出していく事業」と考えると、とても社会性の高い取り組みだと感じました。
気づき1:「良い起業」を生むには、ハードルを下げる場と上げる場の両方が必要
前半のパネルディスカッションでは、東京理科大学 産学連携機構 起業支援・地域連携部門 部門長の飯野初美様と、東京理科大学発スタートアップ「株式会社XMat」の井上遼様による対談が行われました。
私が特に印象に残ったのは「大学から起業やスタートアップを生み出していくためには、どのような環境が必要なのか」という話でした。
その中で語られていた「人が集まれる場所をつくること」が特に刺さったので振り返らせてください。
「ハードルを下げる場所」「ハードルをあげる場所」が必要だという趣旨のお話でした。
起業に興味はあっても、最初から明確な事業アイデアや覚悟を持っている人ばかりではないと思うんです。むしろ多くの場合「何となく関心があるな」「ちょっと話を聞いてみたいな」「自分の研究やアイデアが事業になるのか知りたいな」という段階から始まることも多いのではないかと。
そうした人たちに対して、いきなり高い水準を求めてしまうと、入口の時点で距離が生まれてしまいます。だからこそ、まずは気軽に参加できる場所、相談できる場所、同じような関心を持つ人と出会える場所、いわゆる「ハードルを下げる場所」が必要になります。
一方で、起業へのハードルを下げるだけでは、次の段階には進みにくくなってしまいます。
ある程度関心が高まり、事業化に向けて本気で動き始める人や、すでに事業化をしていてもっと先に進みたい人などはもう少し高い視座や厳しい問いが必要になります。
ハードルを下げる場と、あえてハードルを上げる場の両方が必要なのだという考え方は、自分にとってかなり新鮮でした。
これまで「場づくり」という言葉を聞くと、交流の場、相談の場、学びの場といった「のっぺりとした」捉え方をしており、そこにグラデーションを含んだ捉え方ができていませんでした。しかし今回の話を聞いて、場には「人の段階に応じて、心理的なハードルを調整する役割」があるのだと考えさせられました。
「まだ不安が大きい人には入ってきやすい場を用意する」「すでに動き始めている人にはより高い基準に触れられる場を用意する」など、同じ「起業支援」でも参加者の状態によって必要な場の設計はまったく違うのだと思います。
気づき2:起業という選択肢を一括りにしない
また、起業という選択肢を無理に一括りにしないことも重要だという話がありました。
当たり前ですがすべての人が起業家に向いているわけではありません。研究者として深く掘り下げることに向いている人もいれば、事業開発が得意な人、組織をつくるのが得意な人、技術を社会に届けるための橋渡しに向いている人もいます。
大切なのは、全員が起業を求めることではなく、それぞれの資質や適性に合わせて、起業や事業化との関わり方を考えることなのだという観点がありました。
確かにその通りだと思います。
しかし、大学関係ではない部外者として感じるのが、こうした考え方を大学の中で実装していくには、評価制度や組織文化の面でまだ難しさもあるのかもしれないなということでもありました。
研究成果や教育活動とは異なる軸で、起業や事業化への関与をどのように評価するのかという問いはすごく難しいと思うのです。これは、大学発スタートアップを増やしていくうえで、今後さらに問われていく部分なのだと感じました。
そして、この話は大学に限らず、私たちのような会社にも非常に重要だと感じました。
会社の中でも、人によって関心の段階や得意なことは違います。いきなり高い成果を求めるのではなく、まずは関心を持てる場をつくることや、少し挑戦してみようと思える入口を用意することが大事なのかもしれません。そこからさらに伸びたい人には、より高い基準や責任に触れられる機会を提供できるようにしなければなりません。
全員に同じキャリアや同じ成長の形を求めるのではなく、それぞれの資質に合わせて、どのような役割で価値を発揮できるのかを一緒に考えることの重要性を改めて感じさせられました。
気づき3:異なる専門性をつなぐには、相手の言葉を学び、自分たちの意味を定義することが大切
後半のパネルディスカッションでは、青山学院大学 地球社会共生学部 学部長・教授の松永エリック・匡史様と、東京薬科大学の千葉まこと様によるディスカッションが行われました。
まず印象的だったのは、千葉様のご経歴に関するお話です。
千葉様は、もともと図書館に関わる領域からキャリアを始められたとのことでした。
スタートアップや事業化支援とは異なる世界にいたからこそ、研究者や先生方と同じ言葉で話せるようにならなければならないと感じ、論文や専門書などを通じてさまざまなことを学ばれてきたそうです。
この話は、自分自身にも非常に刺さるものがありました。
私たちの仕事はさまざまなお客様と向き合う仕事です。業界も違えば、組織の構造も違います。行政、大学、スタートアップ、地域企業、専門機関など、それぞれが異なる文脈と専門用語を持っており、正直に申し上げますと相手の文化を理解するのはなかなか大変なこともあります。
その中で、相手の事業や課題を理解し、適切な言葉で整理し、伝わる形に編集していくためには、こちら側が相手の文化や言葉を学ばなければなりません。
相手が大切にしている概念を理解し、その領域で使われている言葉の背景を知り、そのうえで相手に届く表現へと変換していくということは、時としてなかなかに大変な努力を要するものだったりします。
その意味で、千葉様の「相手の言葉を学ぶ」という姿勢は、自分自身の仕事にもそのまま重なるものでした。
また、「どのように学習しているのか」というテーマに対するお話も印象に残りました。
千葉様は「論文や研究に関する書籍を読み、難しい内容であっても分解しながら理解していく」とおっしゃっていました。どれだけ複雑に見えるものでも、一つひとつ要素に分けて考えれば、理解できないものはないと信じて諦めずに学び続けることを意識されているようです。
すごいですね…
根性のない僕にはなかなかできる芸当ではありません。
一方で、松永様のお話も非常に興味深いものでした。
単に「知識を重んじる」だけでは、本質的な前進にはつながらないという趣旨のお話がありました。もちろん知識は重要ですが、知識を集めること自体が目的になってしまうと、組織としてどこに向かうのかが曖昧になってしまう感覚はずっとありました。
だからこそ松永様が語るMVVを明確にすることの大切さが刺さったのかもしれません。
たとえば「スタートアップ」という言葉ひとつを取っても、その意味は組織によって異なります。一般的な定義を知ることも大切ですが、それ以上に重要なのは「自分たちの大学にとってスタートアップとは何か」を定義することなのだそうです。
「なぜスタートアップに取り組むのか」「どのような研究や人材を社会につなげたいのか」「大学として、どのような価値を実現したいのか」などの問いに徹底的に答えていくこととが大事なのでしょうね。
こうした問いに答えないまま「スタートアップ創出」という言葉だけを掲げても、学内の理解や協力は広がりにくいのかもしれません。
気づき4:理解者を増やす、巻き込む
また、小さなところから理解者を増やしていくことの重要性についても語られていました。
新しい取り組みを始めるとき、往々にして最初から全員の理解を得ることは難しいものです。だからこそ、まずは近い距離にいる人と対話し、共感してくれる人を増やし、小さな成功や納得感を積み重ねていく必要があると感じます。
この話を聞いて、事業をつくるうえでは「正しいことを言う」だけでは不十分なのだと改めて感じました。
人を巻き込み、同じ方向を向いてもらうためには、相手にとっての意味やメリットも丁寧に設計しなければなりません。
新規事業を進めるには「巻き込み力」が大切であり、そのためには関係者にとってwin-winであることが必要だというお話も、非常に納得感がありました。
誰か一人の熱量だけで新しい取り組みを進めるには限界があると思います。関わる人それぞれにとって、参加する意味があることや、自分の仕事や役割と接続できること、組織の目指す方向と個人の動機が重なることなどの「重なり」を作ることが「巻き込み力」にとって求められるのではないかと感じます。
気づき5:トップが「自分ごと化」できるかどうか
特に強く印象に残ったのが、学長やトップ層をどのように巻き込むかというお話。
「どうすれば学長を説得できるのか」という悩みは、大学の現場ではよくあるようです。
その中で松永様は、「やらせてください」とお願いするのではなく、「これはあなたがやるべき仕事です」という姿勢でコミュニケーションしている、という趣旨のことをお話しされていました。
確かに…!と思いましたね。
トップが他人事のままでは、組織全体の動きにはなりません。むしろトップ自身が自分の仕事として引き受け、方向を示し、責任を持って推進していく必要があります。
これは大学だけの話ではなく、会社経営にもそのまま当てはまることだと思います。自身のこととして考えると、全くこれができていないような気がしています。
何かを変えたいのであれば、誰かがやってくれるのを待つのではなく、経営者自身が自分の仕事として引き受けなければなりません。
「必要だと思うなら、自分が前に出るしかない」という、かなり当たり前で、しかし重い事実を突きつけられたように感じました。
早い話がコミットメントが自分には足りてないよねということを自覚しましたね。
学び続ける人たちを前に、自分の姿勢を問い直す
今回のセミナーを通じて、最も強く感じたのは、自分自身の学びの不足でした。
大学の先生方や研究者の方々と自分を比較すること自体がたいへんおこがましいとは思うのですが…
先生方が自分の専門領域にとどまらず、ビジネスや事業化について学び、外部の人とつながり、組織を動かし、社会実装に向けて前に進もうとしている姿を見て、かなり率直に「自分は何をしているのだろうか」と思いました。
「自分は日々、何を学んでいるのか」「何を研究し、何を深めているのか」「誰に会い、どのような刺激を受けているのか」「自分の仕事を通じて、社会にどのような価値を残そうとしているのか」などなどの問いが、かなり重く残りました。
自分はどうしても目の前の案件や進行、売上、納期、調整に意識が向きがちになってしまっていました。それらはもちろん大切だと思うんです。事業を続ける以上、現実的な仕事を丁寧に積み重ねることから逃げることはできません。
ただ、それだけでいいのか?という感覚もあります。
目の前の業務をこなすだけでは、自分自身も会社も少しずつ摩耗していきます。どのような領域に知見を持ち、何を自分たちの強みにし、どのような価値を社会に届ける会社でありたいのかという問いを持ち続けなければ、ただ忙しいだけの会社になってしまうのだと思うのです。
それでは経営者失格です。
今回のセミナーで語られていたのは、主には大学発スタートアップの話でした。しかし自分にとっては、それ以上に「学び続ける姿勢」や「新しい価値を社会に接続する姿勢」について考えさせられる時間となりました。
今回学んだことはどれも簡単なことではありませんが、事業を続けていくうえで避けて通れないものだと感じました。
分野は違っても、社会に価値を届けようとする人たちの姿勢から学べることは多い。そう強く感じた時間でした。改めて、自分自身の仕事の仕方や日々の動き方を見直したいと思います。