「下手の考え休むに似たり」。
囲碁や将棋の世界でよく言われる言葉だそうで。
「実力が伴わない人がどれだけ長く考え込んだところで、良い手が浮かぶとは限らず、むしろその時間は何も生み出していないのと変わらない」的な意味の言葉です。
耳が痛い。生産性のない思考に時間を使ってしまうことはこれまで何度もありました。
似た言葉に「長考に好手なし」というものもあります。
こちらは長く考えすぎることで迷いが生まれ、かえって悪手を選んでしまうことがある、という意味だそうです。
人生はずっと「下手」の連続なのかもしれないなと思います。少なくとも僕自身は、どの領域でもまだまだ未熟だと感じることばかりです。
だからこそ、「下手であること」を前提にしながら、どのように考え、どう動くかについて、意識していることを改めて整理してみます。
「下手」であるから学ぶ、人に聞く
できれば手練でありたいとは思いますが、少なくとも現時点の自分は「下手」の側にいる人間だと思っています。
ものすごく当たり前なことですが、ビジネスにおいて時間は非常に貴重な資源です。ものすごく当たり前なことですね。
その限られた時間の中で下手な自分が一人で悩み続けることはあまり良いことではありません。むしろ、それは機会損失になってしまう可能性の方が高いと思うんです。
だからこそ自分でわからないことはできるだけ早く聞くようにしています。
正直恥ずかしいことも多いです。僕は小心者なため恥をかくことにはだいぶ抵抗がありますが、お客様に良いものを届けられないことの方がよほど恥ずかしいのでもう恥ずかしいとか言ってられません。
とはいえ、ずっと下手なままでいたいわけではありません。なので絶対に勉強はしないといけません。
誰かに教えてもらったことを記録したり、いろいろな本や人から学ぶことなくして成長はありません。小さい積み重ねが「昨日より1mmぐらいましな自分」をつくっていくのだと思います。
下手だからこそ学ぶし、下手だからこそ聞くという姿勢だけは止めないようにしたいですね。
課題解決のためにあらゆる手を尽くせるかどうか
将棋や囲碁の勝負では、行き詰まったからといってその場でAIに聞いたり、誰かに相談したりすることはできません。
でもビジネスは違います。
人に聞くこともできますし、調べることもできます。専門家に相談することもできるし、場合によってはツールの力を借りることもできます。
常識の範囲内であれば使える手段はほとんど制限されていません。
「下手」だからこそ使える手はたくさん使わなくては「いい手」が出せません。
言い方はアレですが、ビジネスはカンニングし放題と言いますか、何ならカンニングが上手な人が勝つ世界と言っても良いかもしれません。
だからこそ大切なのは「なんとしても解決する」という姿勢なのではないかと思うんです。
わからなければ調べる。それでもわからなければ聞く。さらに必要なら別の人にも聞く。
これは当たり前だと思うのですが、この辺りをどれだけ速く実行できるかが仕事の質や成果にそのまま表れるように感じています。
優秀な人ほど自分の下手さを自覚していて、「解決するまで手を止めない」という姿勢を持っているように感じるんですよね。逆に言えば、この姿勢がなければ優秀とは言えないのかもしれません。自戒自戒。
加えて、「誰かに聞ける環境を作り続けているかどうか」もまた能力の一部だと思うんです。自分はまだここがすごく弱いなと感じています。
思考の時間と行動の時間を切り分けて考える
とはいえ、「自分は下手だから全部人に聞けばいいや」と考えてしまうのは違うとも思っています。
まずは自分で考えること。その時間は絶対必要です。
どこがわからないのか、何が前提として足りていないのか、どこまでなら自分で判断できるのかなどの点を整理するところまでは、できる限り自分の頭でしっかり考えるようにしています。
輪郭がぼんやりと見えるところまで考えてから動けば相談の質も変わりますし、理解の深さも大きく変わってきます。
で、その上で動く。動くときはとにかく早く動く。間違ってたらすごい速度で戻る。そんな動きを意識したりしています。
深く考える「沈思黙考」の時間と、とにかく動く「電光石火」の時間は分けて考えている感じですね。
思考の時間と行動の時間を意識的に切り分けることで、「考えているだけの状態」から抜け出しやすくなる気もしています。放っておくとずっとぐるぐると考えてしまうので…
下手であることを意識し、いかに行動するか。これが下手から脱する唯一の方法なのかもなーって思います。
とはいえ、いつまで経っても自分の人生はずっと「下手」なままかもしれません。
それでも前に進まないといけないと思うのです。
「下手の考え休むに似たり」とならないよう、精進し、行動していこうと思います。