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「伝えること」は、儲からないのか?

記事制作や編集、デザインの打ち合わせで、よくこんな問いをいただきます。

「それって、売上につながるんでしょうか?」

編集やデザインの提案をすると、しばしば投げかけられる問いです。

とても合理的な疑問だと思います。

ビジネスの現場では、限られた予算の中で効果が求められます。伝えることや魅せること、語ることに、果たして投資に値するリターンがあるのか。それを見極めようとする姿勢は、むしろ健全です。

「それって、儲からないよね?」と言われることもありますが、そのたびに少し言葉に詰まってしまいます。

なぜなら、この問いにはYesかNoでは答えきれない層の深さがあるからです。

伝えることの価値は「売れるか売れないか」という二元的な尺度ではどうしても割り切れません。

私たちの考えでは、現代のビジネスにおいて「伝えること」を軽視することは大きな機会損失です。デザインや編集、コンテンツ制作を通して届けられるメッセージや体験こそが、信頼を生み、ブランドの輪郭を形づくり、やがては長期的なビジネスの土台となっていくからです。

それはすぐに数値化される成果ではないかもしれません。すぐに売上につながらないかもしれない。けれど、未来の信頼や選ばれる理由は、語られた言葉の中に育っているのではないか。

そんなことを、私たちは思っています。

ということで今回は、「発信することの費用対効果」について、改めて考えてみたいと思います。

「伝えること」は短期的には儲かるわけではない

残念ながら、「伝えること」は即効性のある打ち手ではありません。

この点は、私たち自身も認めざるを得ないところです。

明確なKPIを設定することは難しく、成果が可視化されるわけでもない。どこを指標にすれば効果を測れるのか、それすらもあやふやなことがあります。

手間がかかるわりに、結果が見えにくい。だから、「それって儲からないよね」と思われてしまう。

たしかに、短期的に見ればその通りかもしれません。

けれど、編集やデザイン、言葉を届けるという仕事は、目先の数字では測れない価値を積み上げる仕事です。それは例えるなら、地中深くに「信頼の地層」を少しずつ築いていくような地味な仕事です。

「どれだけコストをかけたかで、数ヶ月後に何%リターンがある」という類の投資とは、まったく異なる性質のものです。

しかし、ビジネスにはじわじわと効いてきます。

数ヶ月後、あるいは数年後、思いもよらないところから、かつてのコンテンツに触れた人が戻ってきたり、社員の学習を助けていたり、ユーザーに思い出されたりする。そんな「時間差の効能」があるのが、伝えるという仕事の面白いところです。

私たちの仕事は、数ある選択肢のなかから、あるブランドを「思い出す理由」や「深く理解する場」をつくることです。

記憶のなかに静かに沈殿していくような共感や、価値観の輪郭。そうしたものを少しずつ耕していくような、そんな仕事です。

つまり、「伝えること」は「地層づくり」のようなものだと思うのです。

そして、もしその地層がなければ、降り注いだ雨はただ流れていくだけです。企業の思想も、哲学も、土壌のない場所では吸収されず、やがてどこかへと消えていってしまうでしょう。

語ることは、残すこと。

編集やデザインの役割は、そのための静かな作業なのかもしれません。

デザインや編集は「消費」か、「信頼への投資」か

自分で問いを立てておいてなんですが、このテーマにはなかなか簡単には答えられません。

むしろ、誰もが慎重に考えるべき問いだと思うのです。

なぜなら、デザインや編集が「投資」になるか「消費」に終わるかは、それをどう捉えるかという「思想」によって決まるからです。

たしかに、広告やセールスプロモーションのように、伝える行為それ自体が即座に売上へと結びつくわけではありません。成果が数値化されにくく、目に見えづらいという意味で、伝える仕事は「儲かりにくい」と言われることがあります。

しかし、それはあくまで短期的な視点に過ぎません。

たとえば「とりあえず見映えを整えるため」「なんとなく今必要だからそれっぽく作っておきたい」といった理由で編集やデザインを行えば、それは「消費」にとどまります。

安価なテンプレートを使って、メッセージ性のないビジュアルを取り繕っても、支出に見合うリターンは得られにくいでしょう。むしろ、表面的な整え方によって信頼を損ねる可能性すらあります。

一方で、編集やデザインを「価値を伝えるための戦略的な投資」と捉えるならば話は変わってきます。

丁寧に設計された言葉やビジュアルは、企業の哲学を浮かび上がらせ、ブランドのイメージを育てていきます。結果として、顧客の信頼を獲得し、長期的には売上やファンの増加へとつながることも少なくありません。

発信に対する投資を惜しまず、強い支持を得ている企業は多くあります。

ここで重要なのは、発信の一つひとつが「関係構築の種まき」であるという視点です。

今日の消費者は、日々大量の情報にさらされています。そのなかで、機能や価格だけを訴えるコンテンツは、すぐに埋もれてしまいます。

逆に、企業の理念や葛藤、専門性やストーリーといった「時間のかかる情報」に触れたとき、人はその企業に「関心」ではなく「関係」を持つようになるのです。

それがやがて、記憶に残り、信頼を生む礎となっていきます。

たとえば、採用ページに自社の「内省」がにじんでいたとします。ただの実績紹介ではなく、いま感じている迷いや、未来への不確実性を率直に語っている。そのようなページは、華やかさよりも誠実さで人を惹きつけます。

つまり、編集やデザインにかける費用は「未来の信頼への先行投資」なのです。

もちろん、投資である以上、戦略と一貫性が必要です。単に美しいデザインや整った文章をつくることが目的ではありません。

「誰に、何を、なぜ伝えるのか」という軸がぶれてしまえば、どれだけ見栄えが良くても本質は伝わらず、それはやがて「浪費」へと変わってしまいます。

ここに、デザイナーや編集者の役割があります。

届けたい価値を、ふさわしいかたちで言語化し、伝わる構造に整える。そうして生まれた成果物は、単なる「消費物」ではなく、時間をかけて熟成する「企業の資産」として機能し始めます。

情報があふれるこの時代に、本当に意味のある編集とは「隠さず、飾らず、嘘をつかないこと」。それに尽きるのかもしれません。

「文化資本」としての伝える力

たとえば、ある企業が長年にわたって届け続けてきたニュースレター、毎年のリクルートパンフレット、あるいは創業時から一貫して使われているコピーや言い回し。

それらは単なる情報ではなく、企業が築いてきた時間の層そのものです。

伝えるという行為が積み重なることでその企業の「人格」は言葉に宿り、表現の中ににじみ出てきます。伝え続けるということは、自分たちの「声」を確立し、それを持続することでもあるのです。

文化資本とは、単なる知識や技術ではありません。

その存在が「信じられる」こと、「語るに値する」こと、「記憶に残る」こと。そうした無形の価値の蓄積を指します。

そしてそれは、単発のキャンペーンや売上目標の達成では手に入らない、長期の表現活動のなかでしか育まれないものです。

人々が情報の洪水のなかを漂うように生きているこの時代に、ほんのひとつの言葉や構図、トーンが心に残ることがあります。

「これはあの会社の言い方だな」「このブランドらしいトーンだな」。そう気づかせる表現がある企業は、それだけで一歩抜きん出ています。

それらは時間をかけてしか築けない「文化資本」の証であり、短期的な成果とは別の軸でブランド価値を支えています。

だからこそ、目の前の反応を求めてあわただしく発信するのではなく、言葉の選び方や伝え方の所作に「思想」がにじんでいることが大切なのです。

すぐに収益に結びつかないかもしれません。

けれど、その一貫した姿勢がブランドに「らしさ」を生み、人々の記憶に残る素地となります。

そうして積み上がったものが、やがて企業や団体の「文化」となり、未来に継承されていきます。

伝えることの真価とは、そうした持続性と厚みにこそあるのだと思います。

「また来たい」と思わせる場所を、どうつくるか

たとえば、立派なショッピングモールを建てたとします。アクセスも良く、宣伝もしっかり打って、人の流れはできている、そんな場所です。

けれど、中に商品が何もなければどうでしょう。あるいは、中に並んでいるのが、どこにでもあるような無個性な商品ばかりだったとしたら。

人はすぐに帰ってしまうかもしれません。もしかすると、もう一度訪れようとは思わないでしょう。

営業や広告が「お客様を連れてくる仕組み」だとすれば、編集やデザイン、コンテンツの仕事は「あの場所に行ってみたい」「またあそこに戻ってきたい」と思ってもらえる「理由」をつくることです。

それは、すぐに売上にはつながらないかもしれません。

けれど、信頼や共感、ブランドの思想などが少しずつ積み重なっていくことで、「この場所には他とは違う何かがある」と感じてもらえるようになります。

つまり、コンテンツとは「売るための武器」をつくる仕事でもあるのです。

表面的な賑わいだけでは、人の心は動きません。

本当に誰かを惹きつける場所には、そこにしかない中身があり、そこにしかない言葉があり、静かに息づく思想があります。

その空間を設計し、育てていくことこそが、編集やデザインの担う役割なのだと思います。

実際、費用対効果はあるのか?

ここまで、編集やデザイン、コンテンツの価値について考えを述べてきました。

しかし「結局いくらぐらいの効果があるの?」という問いがなくなるわけではありません。

編集やコンテンツ制作にはさまざまな役割があります。単なるブランディングや「ふんわりした印象づけ」だけではありません。

見方を変えれば、それは営業活動や採用活動、あるいは社内の組織づくりを静かに支える機能も持ち合わせています。

ここでは、「月30万円で記事を4本制作する場合」の費用対効果を、簡単にシミュレーションしてみたいと思います。

もちろん業界や状況によって異なる点は多く、ここで挙げるのはあくまで一例、そして机上の想定です。

その点はご容赦ください。

1. 見込み顧客を獲得するコストとして考えた場合

仮に、制作した4本の記事が合計で1万回のアクセス数を生んだとします。

そのうち、0.1%という少々控えめな想定で、問い合わせや資料請求といった「軽いアクション」を起こすと仮定すると、10件のリードが得られる計算になります。

このときの問い合わせ単価は「30万円÷10件=1件あたり3万円」。

広告によるリード獲得単価と比較しても、極端に高いとは言えません。しかも、これはあくまで「記事を4本だけ制作した場合」の試算にすぎません。

記事は広告と違って期間限定ではありません。一度公開されたコンテンツは検索やSNS経由で繰り返し読まれ続けることも多いため、蓄積型の営業資産として効果を持続的に発揮します。

さらに、記事本数が増え、アクセス数が伸びれば、リード単価は相対的に下がっていきます。

継続的な記事制作は、広告のように瞬間的な施策ではなく、じわじわ効く営業装置として企業活動を支えてくれるのです。

2. 営業活動の「コスト削減」として考えた場合

前提を変えず、他のケースを。

記事は、単に顧客を集めるための導線というだけではなく、「オンライン営業資料」としても機能することがあります。

たとえば、自社のサービス内容や導入事例、開発の背景、会社の価値観などを体系的に記事化しておくことで、見込み顧客は商談前に自ら予習することができます。その結果、営業担当が毎回ゼロから説明を繰り返す必要がなくなり、商談の時間を本質的なやり取りに充てられるようになります。

ある編集プロジェクトでは、こうした情報発信を継続的に行った結果、「商談からクロージングまでの回数が減った」という明確な変化が見られました。

たとえば、従来は3回の面談を経て契約に至っていたものが、2回で済むようになった、そんなケースです。

この背景には、記事を通じて事前理解が深まったことや、営業担当と顧客の間に共通の価値観や文脈が形成されていたことが理由として挙げられます。

いわば、「共通言語」をつくる役割をコンテンツが担っていたのです。

では、この効果を仮に金額換算してみましょう。

ここで仮に、1回の商談コスト(人件費・移動費など)を2万円としましょう。1件あたり1回の商談が省略できるとすれば、シンプルに2万円の削減効果が見込めます。

営業担当が月に4件の商談を行っているとすれば「2万円×4件=月8万円の削減効果」という試算になります。これは、前提の30万円という制作費用のうち約26%を回収できる効果に相当します。

さらに、商談にあたる営業担当が複数いる場合、この効果は積み上がっていきます。

たとえば、営業担当が5名おり、それぞれが月4件の商談を行っている場合、最大で「2万円×4件×5人=月40万円」の削減効果というインパクトにもなり得ます。

仮に合計90万円(前提条件の12本分)でコンテンツを制作した場合、3ヶ月で回収できることになります。

もちろん、すべての企業がこの数値通りに効果を得られるとは限りません。

しかし、人数が増えれば増えるほど、共通資料として機能する記事の価値は高まるという構造は強力です。

編集やコンテンツは、営業の最前線に立つことはありません。

けれど、その背後で「説明の重複を減らし、理解のハードルを下げ、商談の質を高める“無言の支援役」として、確実に機能するものでもあります。

3. 採用コストの削減として考えた場合

前提は、採用の分野でも有効です。

編集によって生まれたコンテンツは、顧客だけでなく求職者にも読まれる機会が少なくありません。

会社の理念や、実際に働く人の姿勢、業務のリアルな手触り。こうした情報を丁寧に届けることで、応募者の事前理解が深まり、企業とのカルチャーマッチが高まります。

その結果として「面接で見えてきた価値観のズレ」や「入社後の早期離職」といった採用ミスマッチの減少につながります。

さらに、「紹介会社を使わずに、自社の採用ページから直接応募が来た」という声も実際に聞かれます。

人材紹介会社を利用した場合、1人あたりの採用コストはざっくりと50〜100万円ほどですが、使用する媒体や機関、想定年収などよってはそれ以上にのぼることも多々あります。

たとえば、1人あたり100万円の採用コストがかかると仮定しましょう。

先ほど同様、仮に合計90万円(前提条件の12本分)で採用コンテンツを制作した場合、自社コンテンツ経由で1人採用できた時点でペイする計算になります。

さらに規模の大きな企業がたとえば500万円かけて採用サイトを整備したとしたら、5人採用できればコスト面では十分に回収可能です。

ここで重要なのは「編集やデザインに投じたコンテンツは一度つくって終わりではない」という点です(営業活動のコスト削減でも言えることですが)。

きちんと戦略的に設計されたコンテンツは、1年後にも、3年後にも、5年後にも読まれる可能性があります。

組織の根幹に関わる価値観や働き方について語られた記事は単発の求人広告とは異なり、時間をかけて応募者と企業との関係性を耕していく力があるのです。

数字で測れるものだけが「効果」ではない

ここまで、あえて数字で測れる部分に焦点を当てて、コンテンツ制作の費用対効果を簡単に整理してきました。

理想論に聞こえるかもしれませんが、これらはすべて実際に私たちが関わってきたプロジェクトや企業の実例に基づいています(数字などは変えています)。

とはいえ、コンテンツの価値は数字だけでは測りきれません。

たとえば、「御社の記事を読んで問い合わせしました」という営業先の声。「共感して応募しました」という求職者の一言。

あるいは、社員が記事を通じて自社の価値観や方向性を言語化できるようになった瞬間。

こうした言葉にならない反応は、売上やKPIには表れにくいものの、企業にとって非常に大きな意味を持ちます。

編集やデザインの仕事には、こうした「見えにくいけれど確かな効き目」が確実に存在しています。

一過性のキャンペーンや打ち上げ花火のような取り組みではなく、時間をかけて育てていく言葉や表現。それが積み重なって、やがて信頼の基盤を形成していきます。

数字だけを見ていては気づけない、けれどたしかに効いてくるもの。

それが「伝えること」のもうひとつの側面であり、見過ごしてはならない効果なのだと思います。

行うべきは企業価値の最大化。そのための「信頼の地層」を築くということ

最後に、「信頼の地層をつくる仕事」という観点について改めて考えてみたいと思います。

デザインや編集、コンテンツ制作は、一朝一夕では得られない信頼を時間をかけて少しずつ積み上げていく仕事です。

それはまるで地層が長い年月をかけて形づくられるように、企業と顧客とのあいだに蓄積されていく「信頼資産」とも言えるでしょう。

たとえば、長年にわたって良質なコンテンツを提供し続けてきた企業には、自然と次のような評価が定着しています。

「この会社の出す情報なら信頼できる」「このブランドが手がける製品なら間違いない」。

こうした評価は、一度の広告キャンペーンや話題性だけでは得られません。日々の発信や、ユーザー体験の改善といった地道な取り組みの蓄積によってのみ生まれるものです。

そして、一度形成された「信頼の地層」は簡単には崩れません。

さて、企業にはマーケター、デザイナー、エンジニア、営業、編集者、バックオフィス、経営者など、多くの人が関わります。

役割や立場は違えど、私たちが目指す本質的なゴールは同じです。

自分たちの提供する価値を社会に届け、理解され、共感され、事業として成長させていくこと。

要するに、私たちが取り組むべき仕事とは、「企業価値の最大化」にほかなりません。

短期的な売上を軽視するわけではありませんが、それだけに囚われてしまえば、長期的な信頼資産を築くチャンスを逃すことにもなりかねません。

伝えることに時間や手間をかけるのは、一見遠回りに見えるかもしれません。

しかし、その積み重ねこそが、やがて企業を支える確かな厚みとなり、社会のなかで選ばれ続ける理由になるのです。

私たちはそう信じて、今日も言葉と構造を整え、「また来たい」と思ってもらえる場をつくろうとしています。

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Kentaro Matsuoka