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地下鉄の匂い

突然ですが「地下鉄の匂い」、好きな方っていらっしゃいませんか。

電車がホームに入ってくるとき、足元からふわっと空気が押し上げられるあの瞬間の、少しだけ重たく、湿った匂いです。

なぜか子供の頃から好きだったのですが、話でも絶対に理解してもらえないため秘めたままにしていました。その反動か、30歳を過ぎてから色々と我慢できなくなってしまい、このように屈折したコンテンツを会社のウェブサイト上で発信するに至ったわけです。

やんちゃは幼い頃に、許してもらえるうちにするべきであると言われる理由がわかった気がします。

タイトルから、何らかのノスタルジーに浸る話かと思われてしまうかもしれませんが、文字通り、ただ「地下鉄の匂いが好きである」というお話です。

「嗅ぎ鉄」という力強いワード

先日、「嗅ぎ鉄」という言葉を知りました。鉄道の匂いを楽しむ人たちのことだそうです。

鉄道というジャンルに関する趣味の幅広さについてはある程度理解しているつもりでしたが、匂いという切り口があるとは考えたことがありませんでした。世界の広さを改めて実感しています。

私はいわゆる鉄道マニアではありません。路線に詳しいわけでもなく、時刻表を読み込むこともありませんし、車両の違いも色くらいしか分かりません。

一方で、地下鉄の匂いについては、はっきりと好みがあります。

ここまで来ると、「嗅ぎ鉄」という分類から完全に外れているとも言い切れなくなってきます。むしろ、分類上は該当していると言えるでしょう。

“私は「変態」かもしれない”

一つの可能性が頭をよぎります。

私の好みは横浜市営地下鉄

個別の路線名を出すのはどうかと思いましたが、ここは避けては通れません。

これといって比較対象があるわけではないものの、少なくとも自分の中では明確に「良い」と感じています。

特に、横浜市営地下鉄の電車がホームに入ってくるとき、足元からふわっと風が押し上げられるあの瞬間の匂いです。

あの風には、少しだけ重たく、ジメジメと湿ったような空気が混ざっています。若干のカビ臭さもあるかもしれません。換気の行き届いた場所では成立しない、地下特有の環境がそのまま含まれているような匂いです。

そして匂い単体というよりは、あのタイミングとセットで記憶されています。電車の接近、風、そして一瞬だけ立ち上がる匂い。この一連の流れで、成立している感覚です。

この世の誰かが共感してくれていますように。

良い匂いではないのに、記憶に残る

地下鉄の匂いは、一般的に「良い匂い」とは言えません。

積極的に嗅ぎに行くようなものでもないと思います。それでも、なぜか記憶には残ってしまうのです。

意識して覚えようとしたわけではないのに、思い出そうとすればすぐに思い出せます。どういう仕組みなのかは分かりませんが、そういう匂いはいくつかあります。

たとえば、紙袋や包装紙の匂い。マッキーのような油性ペンの匂い。雨が上がった直後のアスファルトの匂い。どれも「良い匂い」と言い切るには少し躊躇しますが、確実に覚えている匂いです。

地下鉄の匂いも、その延長にあるような気がします。

そして同時にどこかで「一緒にしないでくれ」という声が聞こえた気もします。

多分、誰もが片足くらいは突っ込んでいる

「嗅ぎ鉄」という言葉には、どこか線を引きたくなる響きがあります。自分はそこまでは行っていない、と信じたいのでしょう。

ただ、私のように地下鉄の匂いに好みがある時点で、その線はあまり意味を持っていないのかもしれません。少しでも「良い」と感じてしまっている以上、完全に外側にいるとは言いづらい状態です。

古書店や画材屋に匂いが好きな方とも、仲良くできる気がしています。

もし心当たりがあれば、あまり強く否定しない方がいいかもしれません。すでに、「こちら側」にいる可能性があるのですから。

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Ryota Kobayashi