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「香りが伝える景色」 Santa Maria Novella Potpourri

「香り」と「祈り」

香りは、いつの時代も「信仰」や「宗教的儀式」と深い関係にあるように思えます。

例えば、中東圏のモスクでは、礼拝堂を「白檀」や「沈香」の香りで満たす行為そのものが礼拝活動の一環です。私たちの住まう日本においても、ひとたび、仏閣内に足を踏み入れれば、香木の静かな煙と香りで満たされています。

こうして遠くから眺めてみると、東洋や中東の信仰では、空間を「煙」で満たす行為自体が「邪気」や「穢れ」を祓い、清める意味を持つのかもしれません。

一方、西洋の国々ではどうでしょうか。私自身の不見識さも理由の1つかもしれませんが、お香のような「煙」で空間を満たす文化的習慣は、東洋や中東と比べてやや普遍的ではないように思えます。

代わりに、香りを「身につける」「置く」といった習慣が目立ちます。

「満たす」と「置く」

伽藍堂の空間自体を積極的に「香り」で満たすのが「香木」や「線香」だとすれば、「ポプリ」は「置く香り」だと私は考えます。

もっと消極的で、「家具」や「建築」と本質を共有しているように思えるのです。

対象そのものが積極的に主張するのではなく、あたかも初めからそこに在ったかのように、自然と空間へ溶け込んでいくのがポプリの素晴らしさであると考えます。

塔の影が長く伸びる丘上の街、イタリア・フィレンツェに位置するサンタ・マリア・ノヴェッラ教会。

この教会に付属する世界最古の自然薬局で作られるこのポット・ポプリは、私が最も好きなルームインセンスの一つです。

一般的なポプリの多くは、乾燥させた色とりどりの花々や果実にエッセンシャルオイルを染み込ませて製造されることが多く、視覚的な主張の強い製品が多いように思えます。

一方、サンタ・マリア・ノヴェッラのポプリの外観は、決して色鮮やかとは言えません。湿り気のある草花、植物の実や樹脂が「ありのまま」の状態でそこに在るだけなのです。

自ら明るく輝くこともなければ、ゆらめく煙を放つこともない。しかしながら、ただそこに存在するだけで環境と人間の五感に影響を与える。サンタ・マリア・ノヴェッラのポプリの在り方は、日本建築における「床の間」と似ているかもしれません。

静謐な「祈り」の芳香

トスカーナ地方に自生する草花や樹脂を用い、中世から続く伝統的なレシピに基づいて紡がれた芳香は、スパイシーでありながらどこか静けさを感じます。

開封時に鼻腔を刺す、目の覚めるようなフローラルノートと、静かに漂い続ける樹脂系のノート。

異国の静謐な修道院で古くから愛され続けてきた、静謐な「祈り」の香りは、サンタ・マリア・ノヴェッラのポプリでしか表現できないものだと思います。

時の経過に伴ってポプリの芳香も薄れてくると、少しだけ寂しい気持ちになります。

乾燥したポプリに指先で軽く触れると、折り良く別の香りを試す頃合いかと考えます。しかし畢竟、部屋の片隅に飾られているのは、いつも同じ香りです。

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Ryota Kobayashi