鏡の奥深くに広がる想像の世界をイメージしたオードパルファム、イーディシス。Aesopの擁する調香師バーナベ・フィリオン氏による作品です。
柔く薄い皮膚を一枚纏うように
世の中のオードパルファンと明確に異なるのは、肌に乗せた後の「感覚」です。
少し不躾な表現を用いるのであれば、香水とは本来、私たち人間の肌にとっては異物に他なりません。最も原始的かつ身近である自分の体臭を、殊更に別の香りで上書きしているわけですから。
一方で、イーディシスはどうでしょう。あたかも香水をつけている状態の自分が最も自然体であるかのような、そんな感覚に陥ってしまうほど非常に肌馴染みが良いのです。
「柔らかく薄い皮膚を一枚纏っている」、香水に対する形容として適切かどうかはわかりませんが、そんな表現が最も近しいかもしれません。
時の移ろいとともに
この香水の真髄は、時の経過が魅せてくれると私は思います。
トップノートには、鮮烈でシャープでありながら決して嫌味のないブラックペッパーを軸に、プチグレンやフランキンセンスが優しく寄り添います。
肌に乗せたその「瞬間」に限って言えば、主張の強いオードパルファムであるかのように受け取られてしまうかもしれません。しかし、ものの数十分後にその予想は大きく裏切られることになるでしょう。
時の移ろいとともに顔をのぞかせるシダーウッドやベチバーをはじめとしたウッディーノートは、やがて寺院を漂う優しい香木のような香りへ。肌にのせた瞬間の鋭く鮮烈な芳香は息を潜め、温かみと安心感のあるウッディーノートの皮膜が全身を包みます。
ルーツとなった「想像上の世界」の切り取り方
イーディシスのルーツは、ギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソス。自分自身に恋焦がれたナルキッソスから「ナルシズム」という言葉が誕生したと言われています。
この香水の興味深い点は、水面 = 鏡に映る自分に見惚れたナルキッソス自身の「強烈な自己愛」ではなく、あくまで水面という自然の中に自己を投影した、つまり「自然と一体化した自分」という側面を切り取って調香をしていること。
ナルキッソス自身の強い自己愛を表現した香水であれば、今よりもっと甘美で官能的なフローラルノートを主役に構成されていたかもしれません。
ルーツとなった想像上の世界の切り取り方、構図の設定がとても独特でした。私が今まで使ってきた香水の中でも数少ない「記憶に残る芳香」だったように思えます。