ビジュアルデザインとは「情報を視覚的な形式で提示し伝達する総合的なコミュニケーションの手法」を包括する概念です。しかし、その役割と効能は必ずしも万能ではありません。
時として、ビジュアルデザイン自体が解決の糸口を提供できない課題に直面することがあります。あるいは逆に、ビジュアルデザインが本来得意とする問題解決の領域を過小評価し、別の手段による解決策を模索してしまうケースも存在します。
ここで浮かび上がる重要な問いは、「ビジュアルデザインを適用すべき事案とそうでないものを、いかにして見極めるか」ということです。この判断基準は、単なる表層的な指標ではなく、より深い洞察に基づいて構築される必要があります。
その判断においては、課題の本質がビジュアルコミュニケーションによって解決可能かどうか、視覚的な表現が情報の理解を促進するのか、対象とするユーザーにとって視覚的なアプローチが最適な手段となるのか、そして伝えるべきメッセージの性質がビジュアル表現と親和性を持つのかといった、多角的な観点からの検討が不可欠です。
このような包括的な視点からの慎重な吟味を通じて、ビジュアルデザインの適用領域を見極めていく必要があると考えています。
保有する有用性
ビジュアルデザインの有用性は、主に5つの領域において発揮されます。
これらの「意図」が存在する場合、ビジュアルデザインは極めて効果的な手段となり得ますが、ビジュアルデザインはあらゆる課題に対する万能なソリューションではありません。正しい設計と適切なプロセスが機能して初めて、その真価を発揮することを認識しておく必要があります。
1.ブランドアイデンティティの確立
ビジュアルデザインは、企業や製品のブランドアイデンティティの確立に不可欠な役割を担います。一貫したビジュアルスタイルを通じて、ブランドの価値観やメッセージを表現し、その認知度と印象を向上させることが可能です。
2.情報の視覚的整理と提示
ビジュアルデザインは、複雑な情報を視覚的に整理し、わかりやすく提示することに長けています。この能力により、情報の理解と処理が促進され、受け手に対する明確かつ効果的なコミュニケーションが可能となります。
3.差別性の創出
感覚的印象の調整やメッセージの明確化、強調に関わる要素を担うことも得意分野の一つでしょう。具体的には、独自性を際立たせたり、特定の情報を強調表示することにより、視覚的な訴求力を高める役割を担います。
4.感情への訴求
ビジュアルデザインは情緒的な影響力を持ちます。受け手の感情に深く働きかけ、文脈を伝達し、欲求を刺激し、想像力を喚起し、共感を生み出すなどの力を持っています。
5.機能性の向上
ユーザーインターフェースの設計においても重要な役割を果たします。ビジュアルデザインは情報の視認性を向上させ、内容の優先順位を明確にし、直感的な理解や操作を促すことを可能にします。これは、デザインが持つ実用的かつ機能的な側面を表しており、利用者の体験を容易で効率的なものに変える能力を有していると言えます。
「特定のプロセスでのみ解決可能な問題」はビジュアルデザインに依存すべきではない
ビジュアルデザインが適切なソリューションとなるか否かの見極めには、デザイン施策の実施前後における課題の本質を正確に把握することが不可欠です。
プロジェクトの進行において、プロダクトに関わる本質的な問題点、営業活動における障壁、顧客サポートの諸課題など、特定のプロセスでしか解決できない問題群が浮上することは少なくありません。
これらの多くは時としてビジュアルデザインの対応可能な範囲を超えてしまい、その解決には異なるアプローチが必要となります。
例えば、プロダクトやブランドが競合と比較して明らかに劣位にある場合、あるいはエンドユーザーがその選択において明確な価値を見出せない状況においては、ビジュアルデザインだけで競争力を向上させることは極めて困難です。
確かに、視覚的な誇張や派手な演出によってブランドイメージを一時的に高揚させることは可能かもしれません。しかし、このようなアプローチが持続的な成果につながることは稀だというのが現実です。
したがって、このような状況下では、プロダクトやブランド自体の根本的な見直しと再構築が優先されるべきです。
その上で、ブランドやプロダクトの競争力強化を目指す包括的な戦略の一環として、全体的なイメージリニューアルやコミュニケーション戦略の文脈の中でビジュアルデザインを活用していくことが、より効果的なアプローチとなるのです。
ウェブにおけるビジュアルデザインが機能不全に陥る様々な問題
ウェブにおけるビジュアルデザインがその真価を発揮できない背景には、デザインの外に原因が潜んでいる可能性が高いと考えられます。
たとえ秀逸なクリエイティビティに満ちた制作物を作成したとしても、その成果が実を結ぶ道筋が誤っている場合、望むべき成果の達成は難しいでしょう。
ビジュアルデザインの機能不全を引き起こす主な要因について、以下に例示してみます。
1.ターゲットのミスマッチ
ビジュアルデザインが期待された効果を発揮しない状況では、「ターゲット」あるいは「チャネル」の選定に誤りがある可能性を検討する必要があります。
ウェブサイトへのアクセスは、往々にして顧客層の一部に限定されてしまうという性質を持っています。
簡単に言えば「ウェブサイトを作ったが思うようにアクセス数や成果が伸びない」といった課題です。
ターゲット層以外にも広く周知させたいというニーズがあった場合は、マスメディア広告、SNSの戦略的な運用、あるいは店頭でのセールスプロモーションなど、より包括的なコミュニケーション手段を効果的に組み合わせることが望ましい場合も少なくありません。
この課題は本来マーケティングの領域に属するものですが、デジタル媒体に限定されない多角的な戦略の設計と、その実行に際しての適切なメディア選定の重要性を強く認識しておく必要があります。
それぞれのメディアが持つ特性と限界を正しく理解し、最適なコミュニケーション設計を行うことが、効果的なビジュアルデザインの実現には不可欠です。
2.情報設計の軽視
情報設計のプロセスを軽視した結果、全体像に不備が生じてしまった場合、ビジュアルデザインの効果的な活用はもとより、コンテンツを通じたメッセージの伝達も著しく困難になります。
非常に簡易的なウェブサイトを除き、情報設計プロセスを省略したデザインプロジェクトは、ほぼ必然的に何らかの本質的な欠陥を内包している印象です。
サイトの規模や複雑さが増すにつれ、情報設計の重要性は飛躍的に高まります。適切な情報設計のプロセスを経ることなく進められたプロジェクトでは、ユーザビリティの低下、情報の探索性の悪化、コンテンツの価値伝達の失敗など、様々な問題が顕在化してきます。
例えば、トラフィックの増加を目指すページが深い階層に位置し、リンク元が限定されているケースや、情報の分類が不適切で利用者の混乱を招くようなサイト構成は、その典型的な例といえます。
ビジュアルデザインは、視覚的印象の確立や感情への訴求、画面上での機能性など、特定の領域における問題解決を担います。一方で、情報設計はサイト全体の機能性や利用者の行動に関する本質的な問題解決に向き合う重要な役割を持ちます。
適切な情報設計、機能設計を欠いたウェブサイトは、その本質的な役割を果たすことができません。
デザインと情報設計は密接に関連しながらも、プロジェクトの規模や特性に応じて、それぞれ独立した綿密な検討を要する要素として扱われるべきです。
3.プロセスの問題
「なる早でデザインのリニューアルを行いたい。しかし数ヶ月後には別のリニューアルを予定しているため、暫定的に印象を変えるようなデザインを簡単に実装してほしい」。稀にこのようなオーダーを頂戴することがありますが、基本的にお断りさせていただいております。
というのも、このようなオーダーにはプロジェクトの根幹に関わる重大な問題が内包されているためです。
適切なプロジェクトの進行においては、事前に戦略的な方向性や目的が明確に定められている必要があります。しかし、このような要望には、その基本的な意思決定が欠如していることが見て取れます。急場しのぎの暫定的な成果物を制作したとしても、結果として大規模な手戻りや無駄な工数が発生することは容易に予測されます。
また、「簡単に」という表現自体にも本質的な問題が潜んでいます。
「簡単に」という要望に応えるためには、「限られた予算の中で、どのプロセスを省略して進行すべきか」という観点からの慎重な検討が不可欠となります。しかし、このような判断自体が、成果物の品質に大きな影響を及ぼす可能性があります。
このように、プロジェクトの本質的な目的や進行に起因する問題点を、ビジュアルデザインのみで解決することは極めて困難です。ビジュアルデザインに限らず、プロセス上の根本的な課題を個別の作業で補完しようとする試みには本質的な無理が生じ、より深刻な問題を引き起こす可能性があるのです。
「何を」「どの作業で」「どうやって」解決するかを突き詰めることがビジュアルデザインの価値を向上させる
「ビジュアルデザインをどのように制作すべきか」という具体的な方法論に取り組む前に、「当該プロジェクトが本質的に解決すべき課題は何か」という根源的な問いを明確にすることが不可欠です。
これまで論じてきた通り、ビジュアルデザインは万能なソリューションではありません。
適用される過程や文脈が適切に機能している場合に限り、その真価を発揮することができます。
プロジェクトの本質に迫っていくと、その解決策がビジュアルデザインの領域を超えた課題であることも少なくありません。
「どのような本質的な課題に対して、いかなる手段を用いて、どのように解決を図るべきか」という基本的な問いに、誠実かつ真摯に向き合うことこそが、ビジュアルデザインの真価を最大限に引き出す上で不可欠なのです。この原則的な姿勢を持つことで、より効果的で持続可能な成果物を生み出すことができると私たちは考えています。