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言葉の前提を揃える

僕はもともと、わりと曖昧な言葉で話してしまうタイプだと思っています。

ただ最近、それではやっぱり伝わらないよな、と感じる場面が増えてきました。

そんなことを意識しながら過ごしていると、世の中には思っている以上に曖昧な言葉が多いな、と気づくようになりましてですね。

しかもそれらは日常会話だけでなく、仕事の場面でも当たり前のように使われていたりしましてですね。

言葉は通じているように見えて、実は前提が揃っていないことがよくあるようです。そして前提が揃っていないまま話が進むと、行動もどこか曖昧なままになってしまうようで。

最近はそんなことをよく考えています。

今回は、「言葉の前提を揃える」ということについて、自分なりに感じていることを書いてみようと思います。

伝わっていそうで伝わっていない言葉と、前提のズレ

最近いろいろな方とお話ししていて、「これってどんな意味で言っているんだろう?」と感じる場面が意外と多いんです。

たとえばこの前言われたこの一言。

「この前のアレ面白かったよね」

まず、「この前」っていつだ。

先週の飲み会のことなのか、飲み会後の二次会の催し物のことなのか不明です。そもそも飲み会じゃないかもしれない。

「面白かった」と言われても、どの場面のことを指しているのかは人によって違います。〇〇さんが転んだ場面なのかもしれませんし、〇〇さんがずっと歌っていたことなのかもしれません。もしくは全然違うことかもしれません。

結局「そうすね!」としか言えませんでした。情けないことです。

日常会話ではこうした曖昧さがあってもあまり問題にならないことが多いですが、仕事になるとなかなかに事情が変わってきます。

たとえば、

「確認しておいて」

最近Xとかでもよく言われてますねこれ。

「何のどの部分をどのレベルまで確認すればよいのか」は人によって受け取り方が変わります。

あと「最適化しましょう」とかも気になります。

そこから具体的に掘り下げてくれればいいのですが、大体ふんわりした話で終わります。「どの部分をどういう状態にすることを最適化と呼んでいるのか」は前提が揃っていなければ共有ができません。

そして個人的に一番印象に残っているのが、

「簡単でいいから」

という言葉。

資料をどう作ったらいいですか?という質問に対して返ってきた言葉なのですが、「簡単って何だろう」と本当に思いました。

「僕の簡単の基準でいいならほぼ白紙で出すよ」とも思いましたね。

曖昧な言葉に出会ったとき、人はとりあえず分かったような顔をしてやり過ごしてしまうことがあります。でも実際には腹落ちしていないまま進んでしまっていることも多いんじゃないでしょうか。

こうしたコミュニケーションのズレは、いろいろな場所で日常的に起きているように見えます。

これは言葉そのものではなく、その言葉の前提が揃っていないことが原因なんだろうなと最近感じるようになりました。

前提のズレは前提を省略することで生じる

人はコミュニケーションを取りたいと思っているのに、どこかでそれを少しサボってしまう生き物なのではないかと、僕は常々思います。

僕だけなのかもしれませんが、その際はご容赦を。

例えば、「あれこれ説明するのが面倒だなあ」と感じてしまうことってありませんか?

もちろん、すべてを一から十まで説明していたらきりがありませんし、ある程度省略すること自体は必要だと思います。ただ、その省略の中で「前提を揃えること」まですっ飛ばしてしまうと、意図は全くといっていいほど伝わらなくなってしまいます。もしくは捻じ曲がって伝わってしまいます。

「面倒だからちゃんと伝えない」はあとで別の面倒を生みますし、「面倒だけどちゃんと伝える」はあとから面倒になりにくい気がしています。

日本語は言い切らなくても成立してしまうこともある便利な言語だと思います。

主語を省略しても通じますし、断定を避けても会話が成立しますし、当たり障りのない言い方もたくさん用意されています。

だからこそ無意識のうちに前提を共有しないまま話を進めてしまいやすいのかもしれません。

そんな当たり障りのいい言葉だけで日々をやり過ごしていると少しずつ前提はズレていきます。

だからこそ、面倒でも前提を揃えるという態度が、コミュニケーションにとってはとても大事なのだと思っています。

「具体的な行動」のためには「具体的な言葉」が必要

効率化、最適化、最大化、極大化、機運醸成、態度変容、ASAP、PDCA、マーケティング、ブランディング、コミットメント、バリュー、イノベーション、コンセンサス、アセット、ベネフィット…

人や文脈によって解釈が分かれるような抽象的な単語を思いついた順に書いてみたんですが、キリがないですね。あと100個ぐらい一気に出せそうです。

このような単語で認識のズレが特に生まれやすいような気がしています。

いわゆるビッグワードを使うこと自体はまったく悪いことではないと思っています。

むしろ共通言語として使うのであれば、とても便利で強力な言葉です。認識を素早く揃えるためには必要な道具でもあります。

ただし、実際にプロジェクトを前に進めようとしたときには、こうした言葉だけでは足りない場面が出てくるように感じています。

たとえば、

「もっとマーケティングに力を入れよう!」

と言われたとき、どうでしょう?

商品の設計の話なのかもしれませんし、流通の話かもしれません。広告の話かもしれませんし、競合分析のことを指している可能性もあります。

「アセットを活かした戦略を考えよう!」

これはどうでしょう。

なんかまあ分かるんですが、アセットって何?ってなりませんか?どの部分の何のアセットを何のためにどうするの?ってなります。

組織のレベルがすごく高く、事業への理解が揃いまくっている超優秀なチームであれば「マーケティングの文脈なら今は〇〇が課題だね、じゃあ〇〇を分析していこうか」とか、「アセットね、じゃあ次はこれ考えないとね」となるかもしれませんし、実施そんなチームをたくさん見たこともあります。

しかし「言葉としては理解できているのに、行動としては何も決まっていない」という状態が量産されているチームもたくさん見てきました。

ふんわりしている状態は、よくいえばディスカッションの余地がたくさん残されているとも取れますが、「しっかりと方向性を決めよう」と企画された会議でふんわりとした言葉を連発してしまう場合はちょっといただけません。

このようなズレはコミュニケーションに悲しみをもたらすと思うんですね。コミュニケーションを取りたい人たちが絶妙に噛み合わず、いつも薄く分かり合えないというのは何とも切ないです。

こうしたズレが起きるのは、言葉そのものが悪いというよりも、その言葉が指している前提や方向性が揃っていないからなのだと思います。

だからこそ、まずは言葉の前提を揃えることが重要なのだと感じています。

具体的な行動につなげるためには、できるだけ具体的な言葉で話すこと。相手がその言葉をどのような意味で使っているのかを確かめながら進めること。

このような意識がコミュニケーションの精度を上げていくのかなと感じます。

曖昧な言葉が出てしまう時は大体考えられていない時

曖昧な言葉が出てしまうときは、だいたいまだ十分に考えきれていないときなのではないかと思っています。

もしくは思考を放棄した時。もしくはコミュニケーションを諦めている時。

考えて準備をしてきた人の言葉は粒度が揃っていますし、意味も具体的です。何について話しているのかがはっきりしていますし、どこまで決まっていて、どこがまだ決まっていないのかも伝わってきます。

たとえわからない点が残っていたとしても、「どこがわからないのか」が具体的になっていることが多いように感じます。

相手が理解できていなかったらどこがわからないのかをしっかり話し合えたりもします。

逆に、自分自身を振り返ってみても、まだ整理しきれていない段階ほど言葉が抽象的になってしまうことがあります。

最近はAIを使えばそれらしい仮説を簡単にアウトプットできるようになりましたが、それだけに頼ってしまうと自分の中で言葉の意味や前提を揃える力はなかなか育たないようにも感じています。

早い話が考えなくなるんですね。

どのような言葉を使えば相手に正しく意図が伝わるのか。

相手がどのような意味でその言葉を使っているのか。

コミュニケーションのレベルを上げるにはこのようなことを常に意識しないといけないなと感じています。

これからも、世の中にあふれている言葉の意味や前提にもう少し丁寧に向き合いながら、言葉の使い方を考えていきたいと思っています。

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Kentaro Matsuoka