駅のホーム、ビルの壁面、街角のデジタルビジョン。スマートフォンを見ながら歩いていても、視界の端に広告が入り込んでくることがあります。
これらはすべて「OOH(Out of Home)広告」と呼ばれ、屋外空間に設置された広告メディアの総称です。
OOH広告はテレビやSNSと異なり、意識して見ようとしなくても自然と目に入り、知らず知らずのうちに記憶に残ります。スキップもミュートもできないその存在は、情報を「浴びる」という感覚に近い、現代的なメディア体験を生み出しています。
無理に訴えかけず空間の一部として情報を伝えるからこそ、違和感なく日常の中に溶け込むことができます。
見慣れた街に溶け込む広告メディア
OOH広告の特徴は、なんといっても「空間との一体感」です。私たちの生活導線上に設置され、無意識のうちに接触することで、ブランドやサービスのメッセージを繰り返し届ける役割を担っています。
さらに、デジタル広告のようにスキップされたりブロックされたりすることがないため、確実に視界に入るメディアとして機能しています。
OOH広告は駅構内や街中のあらゆる場所に存在しています。
移動の中で視界に入る、駅の改札通路に並ぶポスター広告
電車の待ち時間に目に入ってくる、ホームドア付近のデジタルサイネージ広告
日常に紛れることで繰り返し視認される、駅構内の看板広告
ブランドを訴求するビル外壁の大型広告
ふと目にとまる、ビル壁面広告
街に溶け込むアーケードゲート連動型横断広告
意識していなくても気がつけば記憶に残るOOH広告は、空間と一体化した広告と言える存在です。
はじまりは“伝えるための看板”から
OOH広告のルーツは、非常にシンプルなものでした。
それは、店先に掲げられた木製の看板や、建物の壁に描かれた手描きの文字や絵です。読み書きが一般化していなかった時代、人々に視覚的に情報を伝えるための手段だったのです。
情報メディアが限られていた時代において、屋外に設置される視認性の高い掲示は、集客・告知の重要な役割を担っていました。
1900年代に入ると印刷技術の発展により、色彩豊かなポスター広告が広がりはじめます。駅、劇場、商店街といった人の集まる場所に掲出されたポスターは、「見る楽しさ」そのものが広告として機能する時代の到来を告げました。
1980年代にはネオンや電飾が広告の主役に。都市の夜景そのものがメディア化し、カラオケや飲食チェーンが放つ光は、街のアイデンティティまでも定義するようになります。
変化し続けるOOH広告のかたち
近年のOOH広告は視覚的インパクトだけでなく、「体験」としての価値にシフトしつつあります。特に駅前や繁華街といった人の多いエリアでは、広告が街そのものの景観と一体化し都市空間の一部として機能しています。
新宿駅東口に設置された巨大な3Dビジョンのように、立体感や動きを取り入れた映像体験型の広告は、「見る」から「感じる」へというOOHの進化させました。
ヨコハマ西口アートプロジェクト
エリアの文化と自然が響き合うサステナビリティをテーマに描かれたアート
その代表例のひとつが、2024年12月に神奈川県横浜市で開始された「ヨコハマ西口アートプロジェクト2024」です。
横浜駅西口の「幸川橋」周辺の壁面に、総面積254㎡におよぶ巨大な壁画アートが描かれました。
このプロジェクトは、商品や企業の直接的な訴求ではなく、「エリアの文化と自然が響き合うサステナビリティ」というテーマを、アートと広告のあいだに位置づけて展開したものです。
壁画を手がけたアーティストは、Gravityfree(グラヴィティフリー)、Kensuke Takahashi(ケンスケ・タカハシ)、Luise Ono(ルイーゼ・オノ)の3組。
それぞれが持つ独自のスタイルを活かし、「都市と自然」「地域とアート」「個と集団」など、異なる視点を掛け合わせながら、ひとつの世界を描きました。
OOH広告が単なる「掲出物」ではなく、街がメディアになることを示した事例といえます。
感じる広告として進化するOOH広告の未来
普段、何気なく目にしているOOH広告。そのひとつひとつが、企業の戦略やメッセージに基づいて丁寧に設計されたものです。
スマートフォンが視線を奪う時代にあって、OOH広告は「目に入ってしまう」メディアとして存在し続けています。そしてそのあり方は、今もなお進化の途中です。
伝えるのではなく、滲み込ませる。見せるのではなく、感じさせる。
OOH広告は単なる情報の伝達ではなく、街と人、企業と社会をつなぐ役割を果たしています。今後も横浜の事例のように、まだ気づかれていないメディアのかたちが、きっと潜んでいるはずです。