ミステリー小説は、いまではとても身近なジャンルです。
探偵が事件を解決する作品、読者に犯人を推理させる作品、伏線が最後に回収される作品など、その楽しみ方はさまざまです。小説だけでなく、映画やドラマ、漫画、アニメにもミステリーの要素は広く取り入れられています。
自分にとってもミステリーは好きなジャンルのひとつですが、そもそもミステリー小説は、いつから始まったのだろうと疑問に感じました。
現在では当たり前のように存在している探偵、推理、密室、謎解きといった要素にも、どこかに出発点があるはずです。そう考えて調べていく中でたどり着いたのが、エドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」でした。
今回は、ミステリー小説の原点とも言われる「モルグ街の殺人」を実際に読んで感じたことをまとめていきます。
「モルグ街の殺人」とはどのような作品か
1841年に発表されたこの作品は、近代的な探偵小説の始まりとして語られることが多く、後のミステリー作品にも大きな影響を与えた作品とされています。
その影響は、日本のミステリーにもつながっています。代表的な存在が、江戸川乱歩です。
江戸川乱歩は、名探偵・明智小五郎が登場する「D坂の殺人事件」や「黒蜥蜴」、児童向け作品として知られる「怪人二十面相」「少年探偵団」などを生み出した作家です。日本の探偵小説を語るうえで欠かせない人物ですが、実はそのペンネームにもエドガー・アラン・ポーと深く関係しています。
江戸川乱歩の本名は平井太郎です。彼のペンネームである「江戸川乱歩」は、尊敬していたエドガー・アラン・ポーの名前をもじって付けられたものだとされています。
「モルグ街の殺人」は、19世紀のパリを舞台にした短編小説です。
物語には、C・オーギュスト・デュパンという人物が登場します。彼は現在の感覚で言えば探偵にあたる人物です。ただし、デュパンは「探偵」という肩書きで登場するわけではありません。
現代のミステリー作品では、探偵や刑事といった役割が分かりやすく示されることが多いですが、「モルグ街の殺人」が発表された当時は、まだミステリー小説というジャンルそのものが現在のように確立されていませんでした。そのため探偵という存在も、いまほど一般的なものではなかったのでしょう。
その違いは、作品全体の構成にも表れています。
物語は、いきなり殺人事件から始まるわけではありません。冒頭では、「分析とは何か」「分析力とはどのような能力なのか」という説明が続きます。
この構成は、現代の小説に慣れていると少し戸惑います。文章の運びもやや回りくどく、物語がすぐに動き出すというより、考え方や概念の説明を積み重ねながら進んでいきます。
また、翻訳で読んだことも影響していると思いますが、抽象的な言葉が多く文章の意味を一度でつかみにくい箇所もありました。特に冒頭部分は小説というより評論に近く、物語を読むというより論文を読んでいるような感覚に近かったです。
この読みづらさは、単に文章が古いことや翻訳の影響だけによるものではないように思います。
「モルグ街の殺人」が書かれた当時は、まだミステリー小説という形式が現在のように確立されていませんでした。だからこそ、作者は事件を描く前に、「推理するとはどういうことか」「事件を解く人間はどのように考えるのか」を説明する必要があったのではないでしょうか。
そう考えると、冒頭の回りくどさも作品の弱点というより、ミステリーというジャンルが形作られていく過程を示すものだったように感じます。
モルグ街の殺人のあらすじ
物語の語り手である「私」は、パリでC・オーギュスト・デュパンと知り合います。
この「私」は、現在のミステリー作品でいえば、名探偵のそばにいる相棒や記録者のような存在です。分かりやすく例えるなら、シャーロック・ホームズにおけるワトソンのような立場に近い人物です。事件を解決する中心人物ではありませんが、読者と同じ目線でデュパンの推理に驚き、そのすごさを伝える役割を担っています。
そして、デュパンはホームズにあたる存在だといえます。観察と推理によって事件を解き明かしていく主要人物です。
現代では二人一組になり、事件を解決していくスタイルは定番中の定番ですが、この時点ですでに使われていることには驚かされます。
デュパンは、かつては名家の出でありながら、不運によって貧しい生活を送るようになった人物です。世間的な成功や財産の回復にはあまり関心を示さず、知的な探究に強く惹かれているように描かれています。
語り手とデュパンは親しくなり、やがて同じ家で暮らすようになります。二人は昼間は部屋を暗くして過ごし、夜になると街を歩くというどこか変わった生活を送っていました。
そんな中、パリのモルグ街で凄惨な殺人事件が起こります。
被害者は母娘で、現場となった部屋は内側から閉ざされた密室のような状態でした。さらに、遺体の状況や部屋の荒れ方には不可解な点が多く、警察も事件の解明に苦しみます。
事件を知ったデュパンは、警察とは異なる視点から事件を分析していきます。彼は現場の状況や証言の矛盾を読み解き、一般的な捜査では見落とされていた可能性に目を向けます。
そして、最終的には予想していなかった真相へとたどり着きます。
この物語には、密室殺人、名探偵、相棒の語り手、警察の捜査を超える推理、意外な真相といった、後のミステリー作品につながる要素が多く含まれています。
現代のミステリーを読み慣れていると、それぞれの要素は珍しくないようにも見えますが、それらの原型がこの作品の中にすでに見られることを考えると、『モルグ街の殺人』がミステリー史において重要な作品とされる理由も分かる気がします。
謎を解くことへの関心から生まれた作品
エドガー・アラン・ポーは、なぜこのような作品を残したのでしょうか。
「モルグ街の殺人」が発表された1841年当時、ポーはアメリカの雑誌「Graham’s Magazine」の編集者としても活動していたようです。ただし、当時は現在のように「ミステリー小説」や「探偵小説」というジャンルが確立されていたわけではありません。また、探偵という職業そのものも、現代ほど一般的な存在ではありませんでした。
実際、探偵という職業が注目され始めたのは「モルグ街の殺人」より少し前の時代です。フランスでは、フランソワ=ウジェーヌ・ヴィドックがパリで探偵局を設立した人物として知られており、こうした存在がポーに影響を与えたのではないかとも言われています。
さらに、ポー自身が暗号や謎解きに強い関心を持っていたことも、この作品にも影響していると言われており、「モルグ街の殺人」が発表された同年には、「Graham’s Magazine」で暗号に関する文章も発表しています。こうした関心を踏まえると、ポーにとって謎を解くことは、単なる物語の仕掛けではなく知的な遊びでもあったのかもしれません。
彼が、この作品を書いた理由を明確にひとつに絞ることはできません。けれども、当時の時代背景やポー自身の関心を踏まえると、「モルグ街の殺人」は怪奇的な事件を題材にしながら、人間の分析力や推理力を物語として描こうとした作品だったのではないでしょうか。
最初は、ミステリー小説の礎を築いた作品という点に興味を持って読み始めました。しかし読み終えてみると、この作品はミステリー小説の原点であると同時に、「人間が考えること」そのものを描いた作品でもあるのだと感じました。