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歌舞伎を知らない私が映画『国宝』を観て感じたこと

興行収入150億円を突破し話題を集めている、映画「国宝」。歌舞伎の世界を題材にした人間ドラマで、「歌舞伎の血筋」と「伝統を背負うことの重圧」が描かれます。

本作の原作を手掛けたのは、直木賞作家・吉田修一。全二部構成で刊行された大作で、歌舞伎を背負う人間たちの愛憎や宿命を描いた物語です。

私自身、歌舞伎に関する知識はほとんどありませんでしたが、約3時間という長編でありながら物語に強く引き込まれました。

あらすじ

物語のあらすじをざっくりと。

吉沢亮が演じる主人公・喜久雄と、横浜流星が演じる俊介という二人の人物の視点で進んでいきます。

15歳のとき、喜久雄は父を抗争で失うことに。そんな彼を引き取ったのは、上方歌舞伎の名門・花井家でした。ここで女方としての才能を見いだされた喜久雄は、花井家の跡取り息子である俊介と共に歌舞伎の世界へと歩みを進めていきます。

二人は互いを高め合うライバルとして成長しますが、それぞれに背負う葛藤があります。喜久雄は「任侠の血筋」という宿命に、俊介は「才能への渇望」に苦しみ、次第に愛憎入り乱れる関係へと変化していきます。

その激しい対立や葛藤を経て名優へと成長していく物語です。

本作で特に印象に残ったのは、映像表現です。演者側からの視点や客席からは見られない角度からの世界が映し出されており、舞台を超えた臨場感を味わうことができました。

作中では実際に歌舞伎の演目を演じる場面が表現されていますが、その迫力と緻密な演技にも圧倒されました。

喜久雄と俊介は女方として描かれているのですが、女性そのものに見えるほど細やかで、所作のひとつひとつが美しく、心が自然と惹きつけられます。その背景には、演者が重ねてきた努力があるのだろうと感じました。

ストーリーとしても楽しめましたが、同時に「歌舞伎という文化の奥深さ」に自然と触れられる作品でした。

劇中で披露される歌舞伎演目の魅力

国宝では、物語の進行に合わせていくつもの歌舞伎演目が劇中劇として登場します。単なる舞台シーンの再現にとどまらず、それぞれが登場人物の心情や関係性を映し出しています。

鑑賞中は詳しい内容までは理解できませんでしたが、あとから調べてみると多くのことがわかり、演目ごとの意味や背景の深さに触れることができました。

関の扉

関の扉(せきのと)は作中の冒頭に登場する演目で、喜久雄が幼少期に余興として演じるシーンです。この瞬間に彼の女方としての才能が見いだされ、物語は大きく動き出していきます。

正式名称は「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」。常磐津節を用いた舞踊劇で、雪深い逢坂の関を舞台に、桜の精と天下を狙う大伴黒主の幻想的な争いを描いた作品です。

1784年に初演され、後半で関兵衛が本性を現す「ぶっ返り」という早替りの技法や、舞台の華やかさが大きな見どころとされています。今日でもたびたび上演される人気演目です。

二人藤娘

二人藤娘(ににんふじむすめ)は、藤の花の精が美しい娘の姿となり、移ろいやすい恋心を舞で表現する華やかな舞踊劇です。藤の花のしなやかさと女性の感情の揺れを重ね合わせ、恋の喜びや切なさを巧みに描き出しています。

劇中では、喜久雄と俊介が初めて共演する舞台として登場します。まだ若さにあふれる二人が、舞台の上で対等に向き合いながら共演することで、彼らの関係性やこれから続いていく切磋琢磨の構図が象徴的に示される場面となっています。

二人道成寺

二人道成寺(ふたりどうじょうじ)は、歌舞伎舞踊を代表する名作「娘道成寺」を二人の舞踊として構成した作品です。伝統的な「鐘」と「蛇」のモチーフを引き継ぎつつ、二人の花子が時に一体となり、時に対照的に踊ることで、陰と陽、あるいは姉妹のような関係性を舞の中に表現しています。

作品の中では、役者として成熟した姿を示す場面としてこの演目が登場します。華やかな衣装の早替りや振り付けはもちろん、二人の息の合った舞が、技巧と表現力の高さを際立たせます。

曽根崎心中

曽根崎心中(そねざきしんじゅう)は、近松門左衛門が1703年に発表した世話浄瑠璃。実際に起きた心中事件を題材にした作品で、歌舞伎にも取り入れられ日本を代表する恋愛悲劇として広く知られています。

物語は、大坂の遊女・お初と手代・徳兵衛の道ならぬ恋を描いたもので、結ばれぬ運命に翻弄された二人が、最終的に心中へと至るまでの過程が綴られます。

劇中では物語の中盤に登場し、名跡の代役を務めるシーンに重ねられています。舞台を務める重圧、血筋や才能への葛藤、そして嫉妬や対抗心といった感情が渦巻く状況が、この悲劇のテーマと共鳴して描かれています。喜久雄と俊介の複雑な関係性を象徴する演目として、大きな意味を持つ場面です。

鷺娘

鷺娘(さぎむすめ)は、白鷺の精が人間の娘に姿を変え、恋に悩む心情を描いた歌舞伎舞踊。物語は、恋に苦しむ白鷺が雪の中で舞う姿を中心に展開され、瞬時に衣装を変化させる「引き抜き」や「ぶっ返り」といった歌舞伎ならではの演出が随所に盛り込まれています。

この演目の魅力は、清らかさと儚さをあわせ持つ白鷺の存在を通して、人間の切ない恋心や無常観を美しく表現している点にあります。女方の芸術性を最も強く感じられる作品のひとつとされており、観客を強く引き込む力を持っています。

作中では、中盤から後半にかけて登場する演目です。ここで描かれるのは、演者としての芸の到達点。静と動、美と緊張のバランスが見事に示されます。

映画『国宝』が描く歌舞伎の奥深さ

「国宝」を通して描かれるのは、伝統を背負うことの重さや、血筋や才能をめぐる葛藤。そして舞台裏の緊張感や映像ならではの迫力が、歌舞伎の世界へと引き込みます。

鑑賞したことで改めて気づかされるのは、歌舞伎が単なる古典芸能ではなく、日本文化を代表する総合芸術であるということです。

歌舞伎は400年以上の歴史を持ち、舞踊・音楽・美術・文学を統合した「舞台芸術の集大成」として発展してきました。その厚みのある伝統が、映画を通じて伝わってきます。

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Kazuya Nakagawa