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元旦に「一年の計」ではなく「一生の計」を考えた

年末年始は、少しだけ時間に余裕があります。

せっかくなので、これまでちゃんと向き合ってこなかった「一年の計は元旦にあり」をやってみることにしました。

とはいえ、行き当たりばったりで生きてきた僕のような人間がいきなり年間計画を立てても、たぶん形だけで終わります。賭けてもかまいません。

ここらで一度、気を引き締めないといけないなと思いました。

そこで思い切って「一生の計」を考えてみることにしました。

というのもですね、世の中には一生の計画を立て、それを年間計画に落とし、月次・日次のタスクにまで分解しているとんでもない人がいるようでして。

必ずしもその通りに進んでいるわけではないにせよ、未来から逆算して考える力が行動に牽引力を与えているのは間違いありません。

そしてそのようなことをしている人ってみんなすごいんですよね。

ということでnotionにまとめてみることにしました。シンプルな動機ですね。

やってみると想像以上にたくさんの気づきがありました。

まず「人生のフェーズ」を考えてみた

どんな仕事でも基本はゴールから逆算しますよね。

資格を取るときも、プロジェクトを進めるときも「いつまでに何を達成するか」から考えてそこから必要な行動を積み上げていきますよね。何事も大体そんな感じのはず。

それなのに人生についてはなぜかそれをやってこなかったんですよ。人生は長すぎるし、不確実すぎるし、計画を立てたところで意味がないだろうなーと漠然と思っていたからです。

そもそも僕は「これを成し遂げたい」という強烈な願望に突き動かされて生きてきたタイプではありません。とりあえず目の前のことをやるという積み重ねで、ここまで来てしまったタイプです。

さて、まず試みたのは、かなりシンプルなことです。

人生をフェーズに分けてみました。

  • どうやって死にたいか
  • 60歳〜70歳
  • 50歳〜60歳
  • 40歳〜50歳
  • 37歳〜40歳
  • 37歳-38歳(今年)

これらを、それぞれ独立したフェーズとして捉え「その時点で、どんな状態でいたいか」を考えてみました。

やってみて意外だったのは、答えが結構出てくるということです。

たぶん普段からぼんやりとどんな人生にしたいか考えていたんでしょうね。アプリで言えばバックグラウンドでずっと起動していたような状態。

今回それを表に引っ張り出して言語化したような、そんな感覚でした。

さらに各フェーズを5つの項目に分解して考えてみる

とはいえフェーズを分けただけでは良くわかりません。そこで次にやったのが、フェーズをさらに分解することです。

各フェーズごとに、次の5つの項目を設定しました。

  • 状態
  • 仕事・活動
  • プライベート
  • 実現したいこと
  • 資産

人生を丸ごと考えようとするとどうしても抽象的になりますが、項目を切ると考えるべき論点がはっきりするものですね。

例で書くとこんな感じです。

  • 状態:書斎のある静かでいい家に住む
  • 仕事・活動:今の仕事をしながら本屋を開業する
  • プライベート:たくさん旅行する
  • 実現したいこと:文化的場づくり
  • 資産:年収〇〇円/総資産〇〇円

この項目はそれぞれもっといっぱい書き出します。

「状態」は、どんな家に住んでいたいのか。誰とどんな過ごし方をしていたいのかなど、生活の全体像に関して。

「仕事・活動」は、どんな仕事をしているのか。どんな活動を行なっているのか。

「プライベート」は、その名の通りプライベートで行いたいこと。趣味とかでもいいですね。

「実現したいこと」は、肩書きや成果などではなく、どんな価値を世の中に残したいか。

「資産」も大事です。お金の話はどうしても生々しいですが、目を逸らすと一番人生に大ダメージを与えてしまいます。

まあざっとこんな感じです。

各フェーズ×5項目を、とにかく思いつくまま書き出しました。

僕が実際何を書いたのかはあまりに恥ずかしすぎて公開できませんが「自分ってこんなこと考えてたんだなあ」と思う場面も多々ありましたね。

やってみると、「人生を考える」というよりも「人生を設計図に落とす」感覚に近かったです。

日々の行動計画に落とし込む

ここまで考えたら、次は具体の行動計画です。

人生の計画を立てて終わり、では意味がありません。最終的には、今日なにをするかにまで落とさないと、ただの思考実験で終わってしまいます。

今年は何をすべきか。では、そのために今月は何をするのか。今週は、今日は、なにに時間を使うのか。

そうやって、時間の粒度を少しずつ細かくしていきました。

まあまだ完璧に落とし込めてはいません。でも、一年間すべての週について、「この時期は、これをやる」という大枠は見えてきました。

これだけでも、かなり違いますね。覚悟が決まるというかなんというか。

とはいえ、今の計画はまだかなり粗いです。

週単位のテーマは決まっても、日々の行動レベルまでは全然ダメ。実際のプロジェクトだったらPMに殴り飛ばされるレベルで荒いです。なのでこれから詰めていく必要があります。

ここは宿題です。走りながら細かくし、ズレを感じたら随時アップデートします。

この計画は完成させるものじゃなくて使いながら育てるものだよねと割り切って、今年はこの行動計画と付き合っていこうと思います。

意外と、自分の人生を考えていなかったことに気づいた

ばーっと一通り書き出してみて、あれ?って思いまして。

50〜60歳のフェーズを書いているときに「これって40〜50歳の目標としても成立するし、 60〜70歳の目標としても成立するよね。実はほぼ同じことを書いてないかな?」と。

要するにですね、どのフェーズでも言っていることがあまり変わっていないんですよ。フェーズを通して成長していない、と言ってもいいですね。

びっくりです。

僕はどこかで「人は生きていれば勝手に成長するもの」だとでも思っていたのかもしれません。

そんなわけないんですよね。

成長のための目標を置かなければ人は同じ場所をぐるぐる回るだけです。

逆にいえばどのフェーズにも共通して出てくる価値観があるという見方もできますし、まあそれ自体はいいとしましょうか。筋通ってるし。

しかしですね、ストレッチした目標がなければ人は自分を更新できません。そして、自分が成長していなければ、社員もお客様も家族も幸せにすることもできません。

同じ場所をぐるぐる回っている場合じゃございません。

そこで、各フェーズごとに少し背伸びをした目標を置き直しました。

「頑張れば届くかもしれない」くらいの距離感です。決して無理すぎず、でも甘すぎず。ちゃんと毎日真剣に生きれば、ちゃんと辿り着けるような設計です。

自分の現在地と、成長曲線を直視することが人生を考えるということなのかなあ。

自分には「何にでもなれる可能性」はあまりないが、「深められる可能性」は多分にある

若い頃に「若いんだから、何にでもなれるじゃん」的な言葉をかけられた経験がある人は、きっと多いと思います。僕もその一人です。

言いたいことは分かります。でも当時から、正直なところ「何者にでもなれる」という感覚はありませんでした。

振り返れば、確かに選択肢は今よりずっと多かったんでしょうね。

でもそれは、可能性が無限だったというより、まだ何も積み上がっていなかった、という状態に近かった気がします。

今の僕は37歳です。

ゼロからまったく別の何かを目指すには、どうしても慎重にならざるを得ない年齢になりました。

語弊を恐れずに言えば「どこへ行っても明るい未来が待っている」という選択肢は、もうそう多くはありません。なんならほとんどないんじゃないかな。

ただ、その代わりに得たものもあります。

これまで積み上げてきた経験、判断の癖、失敗の蓄積。この辺りは財産と言ってもいいかも。

これらは方向さえ間違えなければ、深さにも、広さにも変えていけるはず。

今回、人生計画を立てていてその現実をはっきり突きつけられました。

たとえば、30〜40歳でWeb系の事業に取り組み、40〜50歳でまったく異なる分野にゼロから挑戦としましょう。脈絡がなさすぎるし、今の自分にとってはリスクが高すぎる。

家族がいて、社員がいて、自分一人の人生ではなくなっているからです。

でも、その制限は悪いことではありませんでした。

むしろ、「じゃあ、何に向き合うべきか」がはっきりしたことの方が、大きかったんです。

何にでもなれない。だからこそ、なにをやるかを選ぶ意味がようやく本気になったような気がします。

「終わり」を意識して生きる

さて、計画を立てるうえで「終わり」をちゃんと可視化することは大事だなと思いました。プロジェクトと一緒ですね。

何事も納期があるから進みます。仕事も、プロジェクトも、締切があるから本気で取り組みます。納期がないとダラダラしてしまいます。

それなのに、人生については、なぜか期限を設定しないまま生きていました。人生はあまりに複雑なのでWBSが作りにくいってのもあるかもしれませんが、期限がわからないからってのも大きい要因です。

そこでNotionに、Indify(https://indify.co/)を使ってウィジェットを埋め込みました。

厚生労働省の「令和5年簡易生命表」によると、男性の平均寿命は81.09年とのことなので、仮に80歳で人生が一区切りを迎えるとしたら、今、自分の人生は何%くらい終わっているのか。

今年は、今月は、今日は、どれくらい消化されているのか。

それを数字で見えるようにしたんです。

こんな感じ。

これは2026/01/02のお昼頃の数字です。

時間は無限にある感覚でいると、判断はどうしても先送りになると思っています。

「いつかやる」「そのうち考える」という思考が働いてしまうからですね。でも、終わりが見えると「今やるべきことは何?」「今やらないことは何?」という問いが出てきます。

焦らせるための仕組みではなくて、本当に大事なことに、ちゃんと時間を使えているかを確認するための仕組みです。

この数字で人生を俯瞰する仕組みは、感情に流されず、足元を確認するための補助線になりました。

「まだ大丈夫」ではなく、「残り時間で何をするか」。

視点が変わるだけで、日々の行動の重さも変わってくる気がしています。

無計画は失敗の計画。ブラッシュアップしながら人生計画を大事に

序盤にも書いた通り、人生は長いし(多分)、不確実なことだらけです。

正直、ここまで考えた計画もその通りに進む可能性の方が低いと思っています。

環境は変わりますし、価値観も変わりますし。体調も、家族の状況も、仕事のフェーズも変わります。ていうか変わることしかないです。

計画が崩れることはむしろ自然なんですよね。

それでも、計画を立てないまま進むより、一度でも自分の人生や目指すべきことを言語化しておいた方がはるかに安全だと感じました。

計画は守るためのものでもありますが、立ち返るためのもの。

迷ったときに、「自分はどこへ向かおうとしていたんだっけ」と確認するための地図のようなものです。

大きな出来事があれば、書き換えればいいんです。ズレを感じたら、修正すればいいんです。

むしろ、定期的にブラッシュアップされていく計画の方がよほど健全だと思います。

無計画でいることは自由に見えて、実は一番リスクが高い。それは仕事でも、人生でも同じでした。

今回つくった人生計画は全く完成品ではありません。これから何度も書き換えられていく、未完成な設計図です。

それでも「自分の人生を、自分で設計しようとした」という事実だけで、日々の選択に少しだけ芯が通った気がしています。

これからも、歩きながら、考えながら、直しながら、そんな距離感でこの人生計画と付き合っていこうと思います。

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Kentaro Matsuoka