みなさま、新年あけましておめでとうございます。
と爽やかな笑顔で言いたいところですが、年明け早々、B型インフルエンザにしっかり捕まり、数日間は脂汗をかきながら布団と仲良く肌を寄せ合っていました。
それでもなんとか回復し、こうして文章を書けるくらいには戻ってきましたので、遅ればせながら今年最初のリトルプレスをしたためたいと思います。
本年も、相変わらず散文多めになるとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
さて、新年一発目は個人的に好きなクラシック音楽の話から。
今回は、一般的なクラシックのイメージから少し外れた、「合作」という形式で生まれた一曲を取り上げてみたいと思います。その名も、ヘクサメロン変奏曲。
6人のピアニスト(兼作曲家)が一つの主題をもとに、それぞれの解釈で変奏を書き、ひとつの作品としてまとめ上げた、かなり異例の存在です。
クラシックにしては異例な「合作」という形式
クラシック音楽は、基本的に一人の作曲家による統一された構想のもとで書かれるものです。交響曲にせよ、ソナタにせよ、その作品の中には一人分の美学と判断が通っています。だからこそ、「合作」という形式はかなり異例です。
映画や現代音楽ならまだしも、19世紀のクラシック作品で、しかも名だたる作曲家たちが同じ主題をリレーのようにつないでいく、その発想自体が、少し風変わりに映ります。
ヘクサメロン変奏曲は、まさにその異例さによって成立している作品です。
リスト、ショパン、タールベルグ、エルツ、ピクシス、ツェルニーなど、当時のスター作曲家たちが一つの主題を共有し、それぞれの変奏を書き足していく。完成された「一つの作品」というより、即興的な遊び心や、社交的な空気をまとった音楽といったほうが近いかもしれません。
厳格な様式美から少し距離を取り、音楽そのものを楽しむ。その軽やかさが、この作品の入り口としてとても魅力的だと感じます。
ヘクサメロン変奏曲の構造と主題
「ヘクサメロン」という言葉は、「六つの詩」を意味します。この作品で用いられている主題は、ベッリーニのオペラ『清教徒』の中でも特に有名な旋律です。
この主題自体が非常に完成度の高いメロディで、どこを切り取っても感情の起伏がはっきりしています。だからこそ、変奏曲の素材としても非常に優秀なのかもしれません。
ヘクサメロン変奏曲では、この主題が何度も姿を変えながら現れます。技巧的に装飾されたり、和声が厚くなったり、リズム感が変わったり。それでも、どこかで必ず「あ、ここだ」と分かる芯が残っている。
変奏曲という形式は、作曲家の解釈が最も露骨に出るジャンルですが、この作品ではその傾向がさらに強調されています。
主題は一つ、解釈は複数。その構造自体が、すでにこの曲の面白さを物語っているのです。
リスト一人でも濃いのに、さらに重ねてくる
それなのに、そこへフレデリック・ショパンやジギスモント・タールベルクが加わる。この時点で、情報量としては完全に過多です。お腹いっぱいです。
そこに加えて、ヨハン・ペーター・ピクシス、アンリ・エルツ、カール・ツェルニーといった、当時のピアノ界を支えていた作曲家たちまで名を連ねています。現代の感覚で言えば、ほとんどオールスター編成です。
ただ不思議なことに、聴いていて「うるさい」とは感じません。むしろ、それぞれの作曲家がどんな視点で主題を扱っているのかが、自然と耳に入ってきます。
リストは構造を押し広げ、音楽そのものを巨大化させる。ショパンは主題の内側に潜り込み、感情の襞を丁寧にすくい上げる。タールベルクは旋律を磨き、聴き手にとっての心地よさを失わない形に整える。
一方で、ピクシスやエルツ、ツェルニーの変奏には、より実践的で、当時のサロン文化に根ざした感覚がにじみます。華やかでどこか分かりやすく、それでいてピアニスティック。技巧を誇示するよりも、「弾いて楽しい」「聴いて楽しい」方向への視線が感じられます。
同じ主題なのに、性格がまるで違う。その違いが並置されることで、「主題そのものの強さ」まで浮かび上がってくる。ヘクサメロン変奏曲の面白さは、まさにこの多声的な視点にあるのだと思います。
それぞれのエゴが響き合う、統一されすぎない良さ
ヘクサメロン変奏曲は、決して完全に統一された作品ではありません。むしろ、少しだけチグハグで、場面転換も唐突です。
けれど、その「統一されすぎなさ」こそが、この曲の魅力だと思います。全員が同じ方向を向いていない。それぞれが自分のやりたいことを、遠慮なくやっているこの感じ。
結果として、エゴとエゴがぶつかるのではなく、並んで響いているのです。
クラシックなのに、まるでジャズにおけるジムホールとビルエバンスのインタープレイのような、そんな自由すら感じました。
クラシック音楽は、ともすると完成度の高さばかりが評価されがちですが、この作品は少し違います。完成度よりも、「その場に集まった人たちの熱量の記録」のような、そんな表現の方が近いかもしれません。
だからこそ、何度聴いても面白いですし、どこから聴いても楽しめる。ヘクサメロン変奏曲は、そんなクラシック音楽の別の顔を見せてくれる一曲だと思います。
もしお暇な時にはぜひ一度、このパートは一体誰かな…と想像しながら聴いてみてください。当てずっぽうでも、1/6の確率で正解できるはずです。(粗品のご用意はありません)