「良い習慣が人生を決める」。
そんな言葉を色々な場所で見聞きしますね。
正直なところ、これまでの僕は「習慣化が大事なのは分かっているけど、続かない側の人間」でした。
気合や根性で一時的に頑張ることはできても、それを日常に落とし込むのはとにかく苦手。信じられないぐらい苦手です。三日坊主を絵に描いたような人間です。
そんな自分が、今年の途中から「習慣化」をテーマに一年を過ごしてみました。
(以前、「サボりがちな自分が『学習の習慣化』のために行なっている、ごく簡単な取り組み」。という記事にも書いてみました)
今回は、その記事を踏まえつつ、習慣化に奔走したこの半年を振り返ってみようと思います。内容としては以前書いた記事に重なる部分も多いのですが、ご容赦ください。
今年「習慣化できたこと」「来年習慣化したいこと」を整理しておくことで、来年の自分に少しだけマシなスタート地点を用意できたらいいな、という気持ちで書き留めておこうと思います。
習慣化のために大活躍してくれた「怠惰矯正用強制習慣化シート」
「少し重めの習慣は、定着するまでに半年ほどかかる」という話をどこかで聞き「じゃあ今年いっぱいかけて、無理やりでも習慣化してやろう」と思ったのが6月ぐらい。
そこで初めたのがスプレッドシートによる習慣管理です。
特に大した工夫はなく、やろうとしている習慣を記録し、できたかできていないかを淡々と可視化するというシンプルなもの。
習慣を習慣化するために、まず「管理する行為」そのものを習慣にしてしまおう、という発想でした。習慣を習慣化できるようにするためには管理する習慣から習慣化しようということです。ゲシュタルト崩壊しそうですね。
このシートを個人的には「怠惰矯正用強制習慣化シート」と呼んでいます。可愛い名前ですね。
ポイントは、自分だけで完結させなかったことです。
特定の社員にも見える状態にして、半ば監視してもらう体制にしました。サボろうと思えばサボれるけど、サボった瞬間に分かる。その状況に追い込みました。
言ってしまえば、習慣化という名の監獄に自分を閉じ込めたような半年間でした。最初は本当に苦しかったです。まじで。
やらない自分のダメさが毎日可視化されるので逃げ場がないんですね。逃げた瞬間に「できなかった人」になってしまいます。そんな自分を許せるほど僕は寛大ではありません。
でも不思議なもので、続けていると少しずつ感覚が変わってきます。「あ、自分ってこんなにサボりたかったんだな」「こんな時にこんな言い訳を思いつくんだな」と冷静に自分のダメな思考回路を受け止められるようになりましたし、同時に、正されていく感覚もありました。
ここからは、実際にどんな習慣を獲得していったのかを書いてみようと思います。
毎日誰かと約束をする習慣
僕らのようなフェーズの企業にとって、人と会って話すことは本当に重要です。まだまだ超・俗人化の段階にいるので、関係性そのものが価値になる場面が多い。
一方で、正直に言うと、僕自身は人と会うことが得意なタイプではありません。一人で考えたり、黙って本を読んだりする時間のほうが圧倒的に好きなんです。
でも、それではダメだなとずっと思っていました。
「変えたいなら、行動を変えるしかない」。そう割り切って決めたのが「毎日誰かと約束をする」というルールです。
対面でもオンラインでも構いません。とにかく毎日、誰かと会う。話す。聞く。このルールを徹底しました。
最初はかなりしんどかったですね。人に会うと元気が出るというタイプの人をたまに見かけますが、ほんとすごいと思います。
予定を入れること自体がストレスで、正直「今日は誰かに連絡しなくてもいいんじゃないかな…」と思う日も何度もありました。でも、ここでも強制習慣化シートが効いてきます。
やらなかった日は、やらなかった事実が残るんです。それが嫌で、とにかく徹底的に予定を入れました。
不思議なことに、続けていると人と会うこと自体が苦じゃなくなってくるんです。会話から得られる情報量が増え、視点が増え、学びが一気に広がりました。
結果的に、飲みに行こうと気軽に誘える人も増えました。これは素直に嬉しいことです。
いまでは、特別に意識しなくても自然と人に会う予定が入るようになりました。この習慣については、すでに「強制」するフェーズを抜けたと思っています。
その分、他のことに使える時間が増えました。
毎日本を読む習慣
これは、今回書いている習慣の中では、比較的スムーズに定着したものです。というのも、読書自体は昔からほぼ習慣になっていたので。
ただ、「怠惰矯正用強制習慣化シート」に載せたことで、読書の“量”と“幅”が一気に変わりました。
やったか・やっていないかが可視化されるだけで、「今日はもういいか」が許されなくなります。結果として、読む冊数が明確に増えました。
これまでは、社会学や哲学など、どちらかというと文化的・抽象的な本に偏りがちでした。それ自体は好きですし、今も変わらず読み続けています。
一方で今年は、投資、税務、組織論などなど、より実務寄り、ビジネス寄りの本にも意識的に手を伸ばしました。
経営者やM&Aに関わる方、投資家の方と話す機会も増え、表面的ではなく、ある程度踏み込んだ会話ができるようになったのは大きな収穫です。
知識が増えたというより、「話が通じるライン」が一段上がった感覚に近いかもしれません。
読書は即効性のある習慣ではありません。でも、振り返ってみると、確実に思考の足腰を鍛えてくれていた一年だったなと思います。
週4回、最低1時間勉強する習慣
これが一番苦戦しました。
僕は根っからのサボり魔で、放っておくと何もしません。気づくと壁を見たり床を見たりして、一日終わっているような人間です。
頑張ってシートを活用していたんですが、ただ、それでもこの習慣だけはなかなか定着しなかったんです。
「やる」と決めても、明確な理由がないと体が動かないのです。
そこでだいぶ思い切って、MBAに行くことにしました。
習慣化のために進学した、というわけではありませんが、自分の中で「学びが圧倒的に足りていない」と感じていたのは事実でした。
MBAは本当に逃げ場がありません。課題は出ますし、予習・復習なしで臨むのはほぼ自殺行為です。この環境に身を置けば、さすがに勉強するだろう、と自分を信じた結果、しましたね勉強。
MBAに通ってしまったのでもう強制的に習慣化してしまいました。
ここでひとつはっきり分かったことがありまして、僕は明確なゴールが設定されていない「重たい勉強」はほぼ確実にやらないということ。逆に言えば、期限や評価、負荷がきちんと設計されていれば、なんとかやる。
この気づき以降、負荷のかかる学習には必ずゴールを置くようになりました。「いつまでに、何ができるようになるのか」を先に決めてしまうんです。
この歳になってそんな初歩的なことに気づくのか…と突っ込まれると悲しいですが、許してください。
習慣化癖を通して、来年習慣化したい習慣
今年は「習慣を増やす一年」というよりも、「習慣を強制的に獲得する方法を学んだ一年」だったように思います。
すでに身についたものは淡々と継続しつつ、来年はさらにいくつかの習慣を積み上げていきたいと考えています。
ここからは、その中でも特に意識している二つについて書いてみます。
アウトプットの習慣
今年の自分を振り返ると、インプット量に対してアウトプット量が明らかに足りていなかったと思います。考えていること、学んでいること、感じていることは確実に増えているのに、それが外に出ていないんです。
これはかなりもったいない状態でした。
最近、強く実感しているのは「息をするようにアウトプットできる人」と「そうでない人」の差は、想像以上に大きいということです。
知識量や思考力の差というより、単純に“出しているかどうか”の差な気がする。この違いは、時間が経つほど取り返しがつかなくなります。
僕はここが本当に甘かったと思っています。考えて満足し、分かった気になって終わってしまう。それでは何も積み上がらりませんし、他者にも届きません。
だから2026年は、アウトプットをもっと意識していきます。
荒くてもいいのでとにかく外に出す。言語化する。残す。
いまは、そのための助走期間にいる感覚です。
運動の習慣
完全に手つかずなのが運動です。
ここに関しては、さすがに危機感があります。そろそろ生物としてどうなのかというレベルな気がしております…
問題は「重要性は分かっているのに、やり方が全く分からない」ことです。
何人かにどうすればいいのか聞いてみたんですが、大体「ジムに行きなよ」「とりあえず走りなよ」「パーソナル行きなよ」「家でちょっとずつやりなよ」でした。
走るのは嫌いですし、苦しいことも嫌いですし、ジムを契約しても行きませんし、パーソナルは高いですし、家でやれる気がしませんし、もうダメです。
完璧な意思の弱さ。
何から始めればいいのか全くわかりません。運動を習慣に落とし込むイメージが、まったく持てないのです。どうしよう。
ここだけはだ答えが出ていません。
無理に根性論で押し切ると、僕の場合たぶん失敗します。ゴールがないからです。
どうやって「嫌い」「苦しい」を回避しながら、最低限の運動量を確保するか。ここは本気で模索中です。
もし妙案があれば、本当に教えてほしいです。
自戒:やれるやれないじゃなくて、やれ
運動どうすればいいのかわからないと弱音を吐いておいてアレなんですが、最後は僕が大好きな根性論で締めたいと思います。
結局のところ、「やれるかどうか」を考えている時点で、もう逃げ道を用意していると思うんですよね。本当にやる人は、「やれるかどうか」ではなく、「やるかどうか」しか考えていないのだと思います。
いい人生にしたいなら、人の役に立てる人間になりたいなら、永きにわたって仕事でも生活でも選択肢を持ち続けたいなら。やる。
それだけです。
逆に言えば、別にどうでもいいなら、やらなくていいんですよね。甘い生き方をして、甘い仕事をして、それでも満足なら、それも一つの選択です。
ただ僕は、たくさんの人の役に立ちたい。
自分が強くなることで、誰かの成長に寄与できる側でいたい。
だから、やる。
ストイックに自分の怠惰を認めて、気合ではなく仕組みで矯正し、強制的にでも習慣化していくことを続けたいと思います。
きれいごとじゃなく、泥臭く。
そのほうが、今の自分には合っている気がします。
ただ、運動だけはどうすればいいんだろう。ここだけは、来年の自分への宿題とさせてください。