2026年も始まりましたね。
本年もどうぞよろしくお願いします。
「一年の計は元旦にあり」ということで、年末年始の時間にあれこれと考えていました。
気づけば、わりと壮大な人生設計にまで話が飛んでしまったのですが、それはまた別の機会に書こうと思います。
その中でひとつはっきりしていた課題があったんですが、それが「本を読んでいるわりに、あまり身になってなくないか?」というもの。
「アウトプット前提で読めていないんじゃない?」という違和感がずっとあったんですよね。
そもそも僕らの(僕は特に)仕事は読書をすることが大前提です。良い本を読む。良いアウトプットを出す。得られた洞察を仕事に活かす。そんな知の循環を大事にしています。
僕はたくさん読みますし、多分人より読む速度も早いはずです。
本屋にも週一回は最低でも行くし、よく本買うし、会社の企画で読書録とかやってるし、中学時代からやたらと本読むし。
元々読書はとても好きです。
それなのに、読書が知識や思考として積み上がっている実感がまあ薄い薄い。
そこで今年は、読書のやり方そのものを見直してみようと思いまして、大晦日から取り組みをスタートさせてみました。ものすごくシンプルな方法なんですけど、実行初日からだいぶ手応がある気がします。
まだ検証も何もしていませんが、書き残してみます。
そもそも、なぜ読書効率が悪いのかを考えてみた
わざわざ章にするほどの話ではないのですが、一度ちゃんと向き合ってみます。
電子じゃない本は一旦置いておいて、まず、Kindleを開くと漫画を開いてしまう。ここに大きな問題が。
読書をしようと思って端末を開いたはずなのに、気づけば漫画を読んでいる。不思議ですねえ。
加えて問題になりますのが、積読の量でございます。
気になった本は深く考えずに買ってしまうんですね。その結果、「ちゃんと読みたい本」が常に渋滞している状態になります。
そして一番まずいのが、読書のための時間を意識的につくれていないことでしょうね。
そもそも、昔から漫画が好きなんですよね。特にジョジョシリーズ。ジョジョ好きな方はぜひ飲みに行きましょう。
読もうと思う→ Kindleを開く→漫画が開かれる→ 読むべき本の優先度が下がる→「今度こそ」と別の本を買う→ Kindleを開く→ また漫画が開かれる。
馬鹿なのかな。
ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムでも叩き込まれたかのように、どこにも辿り着けずに「漫画を手に取る」という結果だけが僕の人生に残ります。
書いていて嫌になりますが、完全に負のスパイラルです。
読書の意志が弱いってのもありますが、誘惑に対して無防備すぎたんですよね。まずこれが読書効率が上がらない大きな原因だったと思います。
もうKindleアカウントを新しく作ってしまえばいい
考えた末に出した結論は、かなり雑。
「意志で勝てないなら、物理で遮断すればいい」という圧倒的発想。地頭の弱さを実感いたす次第。
Kindleを開くと漫画を読んでしまう。だったら、漫画が存在しないKindleを用意すればいい。
そう考えて、すぐさま新しくKindleアカウントを作りました。
もちろん、元のアカウントにログインし直せば漫画は読めます。でも、その一手間があるだけで、かなり違うんです。
「漫画を読む」という行為に、ワンクッションの面倒くささが生まれる。この時点で、衝動はだいぶ弱まります。
「自分の意志の力に期待しない、自分の集中力を信じないというゼロトラスト状態を環境設計で解決する」という荒療治を実行しました。
積読対策に「買っていいのは1冊まで」というルールを設定
次に決めたのがかなりシンプルなルールで、「買っていい本は、常に1冊だけ」というもの。
そして、その本の読書録を書き終えるまで、次の本は買ってはいけません。
積読癖をどうにかしたいなら、まず「買う量」を物理的に制限するしかないと思いました。ここにも僕の頭と意思の弱さが滲み出ます。
「読むべき本を決めて一冊ずつ読めば良いんじゃないのかい?」というご指摘はごもっともですが、すいません許してください。
さて、僕にはもう一つ厄介な悪癖があります。
それは、人からおすすめされた本はその場で即買いしてしまうというもの。その人の思考の源泉を知りたいくて、つい。
ただ、冷静に考えると「今すぐ買うこと」と「今すぐ読むこと」は、まったく別ですよね。なんで今まで冷静に考えなかったのか。
そこで、即買いは禁止し、気になる本やおすすめされた本があれば「読みたい本リスト」に入れることにします。
絶対に今読んでいる1冊を読み切り、絶対に読書録としてアウトプットしてからじゃないと、絶対に次の本を手に取ってはいけない。
これは鉄の掟です。
「読み終えて、書き残すこと」が次の本への許可証になるという感じ。
自分のような意思が弱い人間には、このくらい分かりやすい制約がないとだめなのかもしれません。
1冊しか買えないからこそ、ちゃんと調べるようになった
このルールを決めて、真っ先に変わったのが本の選び方でした。
もともと、本は常にチェックしています。新刊も、話題になっている本も、気になるものは日々大量に目に入ってきたりします。
ただ、その中から「今の自分に本当に必要な一冊は何か」を考える時間は、あまり取っていませんでした。どのようなものからでも学べるであろうという姿勢が逆効果だったんですね。
まあそりゃそうですよね。ゴールを決めずに闇雲に学んだとてって話で…
この取り組みを開始してまだ一日しか経っていませんが、気になる本の山を前にして「選ぶ」という行為そのものが、これほど重要だったのかと、いきなり実感しています。
これまでは、気になったら買う、表紙がよければ買う、タイトルが刺されば買う、ちらっと読んでよかった買うといういわゆる「ジャケ買い」にかなり近い読書をしてきたと思います。
結果として、難解すぎて歯が立たない本や、逆に今の自分には物足りない本を、大量に積み上げることになりました。
それは当然で「今の自分に必要な知識は何か」を考えずに、「なんか良さそうかどうか」だけで本を選んでいたからです。
1冊しか買えないとなると話は変わります。
その1冊を外すと次に進めませんし。
「今の自分に全く関係ない難解すぎる本」を買ってしまえばもう大惨事です。純粋理性批判とかアンチ・オイディプスみたいな本を買ってしまったらどうでしょう。いや、良いんですけどね。難解すぎて僕ごときには参考になる点が少ないかもしれないんです。
だからこそ自然と調べるようになります。
- この本は今の自分のどの課題に効くの?
- 前提知識は足りてる?
- この本を読んだあと、ちゃんと行動が変わりそう?
などを、ちゃんと考えないとダメだねって改めて思いました。
「積読・乱読・速読」から、「精読」へ
振り返ってみると、これまでの読書は、というかそもそも色々な意思決定がかなり雑でした。
気になるから買う。話題だから読む。とりあえず触れて、分かった気になる。
その繰り返し。
まあ情けない。それで読書家と言えるかって話です。
積読は増え、乱読で視点は散り、速読で「読んだ」という事実だけが残る。
知識が積み上がっていく感覚が希薄になるのも当然でございます。
計画を立てず、深く調べず、甘い判断をし、ずれた決断に至るという「雑な意思決定フロー」。自分の弱い姿がそのまま読書に表れていました。
今年は無駄に積まない。目的のない乱読をしない。速く読むことを目的にしない。
そのために、
一冊をちゃんと選ぶ。時間をかけて読む。言葉にして残す。
この辺りを徹底したいと思います。
精読と言っても、要は「ちゃんと向き合う」というだけの話なんですけどね。
本と向き合う姿勢は、そのまま人生の意思決定の姿勢にもつながるはず。
でも本だけじゃないんですよね。これ。多分「雑な意思決定フロー」は至る所で出てたはずなんです。
仕事も、人も、経験も、とりあえず通り過ぎるような浅い関わり方ではなく、じっくりと「精読的に」関わることをもっと意識しないとダメだと思います。
今年は、量をグッと減らしてでも深さを選ぶ一年にしたいですね。読書を、その最初の訓練にしようと思います。