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【読書録】『武士道』 – 新渡戸稲造著

新渡戸稲造の『武士道』が出版されたのは1899年のこと。もともとはアメリカで、英語によって執筆された書物でした。

新渡戸はかつて、ベルギーの法学者から「日本には宗教教育がないのに、どのように道徳を教えるのか」と問われ、すぐには答えることができなかったと自身の回想の中で述べています。

その問いに対する一つの応答として、日本の精神文化を西洋の読者に説明するために執筆されたのが本書だとされています。

そのため本書では、キリスト教や騎士道、西洋の歴史や哲学を引き合いに出しながら、「武士道」という倫理体系を西洋の読者にも理解できる形で説明しようと試みています。

桜の花に象徴されるような洗練された精神のあり方が、端正な言葉で語られていく本書。

百年以上前、異国の地で日本の精神を説明するために書かれたこの書物は、現代を生きる私たちの日常とどのようにつながっているのか、そんなことを考えながら読み進めてみました。

今回はその中でも、とくに「礼」という概念に注目して考えてみたいと思います。

近代化の波と、翻訳された「日本の心」

『武士道』がアメリカで出版された一八九九年(明治三十二年)は、明治維新から三十年余りが過ぎた時代でした。

当時の日本は西洋の制度や思想を積極的に取り入れながら、急速に近代国家へと姿を変えていく過程にありました。法律や教育制度、軍制などが整備され、社会の仕組みは短い期間のうちに大きく変化していった時代だったようです。

こうした変化のなかで、日本人の価値観や精神のあり方についても、あらためて問い直される場面が増えていきました。新渡戸稲造がベルギーの法学者から「宗教教育なしにどのように道徳を教えるのか」と問われたというエピソードも、そのような時代状況のなかで生まれたものとされています。

この時代背景を考えるとき、少し時代は遡りますが、福沢諭吉の『文明論之概略』が思い起こされます。

福沢は、西洋の文明を表面的に模倣するだけでは十分ではなく、精神の独立が不可欠であると説きました。

外から制度や知識を取り入れるだけでなく、自分たち自身の価値観や精神をどのように位置づけるのかという問題は、当時の知識人たちにとって重要なテーマだったといえます。

さて、新渡戸はキリスト教徒であり、西洋の思想や文学にも深く通じていました。

そのような背景をもつ彼は、西洋の倫理思想や騎士道といった概念を参照しながら、日本の武士階級の道徳観を「Bushido」という言葉で説明しようと試みます。本書は、西洋の読者に向けて日本の倫理観を紹介する書物であると同時に、日本という社会の精神的な基盤を整理し直す試みとしても読むことができます。

いつも社会が大きく変化する時代には、自分たちの拠って立つ価値観を言葉として整理し直す必要が生まれるのかもしれません。

宗教を持たない国の「美」と「型」

新渡戸稲造がベルギーの法学者から受けた「宗教教育なしにどのように道徳を教えるのか」という問い。日本社会の倫理観を考えるうえで象徴的なエピソードのように思えます。

西洋の歴史を振り返ると、キリスト教のような宗教が社会の倫理観や価値観の基盤として機能してきた側面があります。信仰や戒律を通じて、人々の行動規範が共有されてきました。それも非常に強い形で。

一方、日本では事情がやや異なります。

神道をはじめとする土着の信仰に、外来の仏教や儒教が重なり合いながら広まっていきましたが、特定の宗教が社会全体の道徳体系を一元的に規定する形にはなりませんでした。

誤解を恐れずいうならば、複数の思想や信仰が重なり合いながら人々の価値観が形成されていったと考えられます。

こうした背景のなかで、日本の倫理観は「何が正しいか」という規範だけでなく、「どのような振る舞いが美しいか」「どのような行為が恥とされるか」といった感覚とも結びつきながら形づくられてきました。

新渡戸は『武士道』の中で、武士道の重要な徳目の一つとして「礼」を取り上げています。

この礼、本当に現代で必要になものだと思うんですよね。

本書で述べられている礼とは、単なる形式的な作法ではなく、他者への思いやりや配慮から生まれる態度であると説明されています。相手の心情を思いやる気持ちが、自然と振る舞いとして表れたものが礼である、という考え方です。

このような理解を前提にすると、人と人との関係性のなかで自分の振る舞いを整え、その姿に一定の美しさを見いだそうとする文化的な傾向もうかがえます。宗教的な戒律というよりも、人間関係のなかで共有される感覚や価値観が、行動の指針として機能してきたとも考えられるでしょう。

新渡戸が『武士道』の中で説明しようとしたのは、こうした倫理観のあり方だったのかなとも感じます。西洋の読者に向けて、日本社会の道徳を理解可能な形で説明しようとする試みの中で、「礼」はその象徴的な概念として位置づけられていたように思えます。

他人と共存するための礼節

『武士道』の第六章は、「礼」を主題として論じられています。

礼とは他人の心情に対する同情の表れであり、相手を尊重する気持ちが外に表れたものだと述べられています。

私たちは日常生活の中で「礼節」という言葉を耳にすると、お辞儀の仕方や言葉遣いといったマナーを思い浮かべることが多いかもしれません。

しかし新渡戸の説明によれば、その根底にあるのは、相手の立場や感情を想像する姿勢です。礼とは外面的な形式というよりも、他者への配慮が自然に振る舞いとして現れた状態だと理解することができます。

東アジアの思想には、礼の重要性を説く言葉が多く見られます。

たとえば『論語』。

中には「直にして礼なきときは則ち絞す」という趣旨の言葉があります。これは、どれほど率直で正直であっても、礼を伴わなければその言葉は厳しく人を傷つけるものになりかねない、という意味に解釈されるようです。

この考え方は、人との関係の中で正しさをどのように伝えるかという問題にも関わってくると思うのです。

コミュニケーションデザインですね。

自分の考えが正しいと感じている場合であっても、それをそのままぶつけるだけでは相手との関係を損なうことがあります。礼という配慮を通して相手の立場を尊重しながら言葉を伝えることが、社会の中で人と人とが共に生きていくための知恵として位置づけられてきました。

礼は単なる作法ではなく、人と人との関係を円滑に保つための実践的な倫理として理解されていたのです。

新渡戸が『武士道』の中で礼を重視した背景には、こうした人間関係の調和を重んじる価値観があったと考えられます。

ふたつの「武士道」から見る日本文化の重層性

『武士道』では、礼だけでなく義や勇、仁といった徳目についても、西洋の思想や歴史との比較を交えながら説明が進められていきます。新渡戸は、日本の武士階級に見られた倫理観を、西洋の読者にも理解できる枠組みで整理しようと試みたのでしょう。

こうした議論に触れていると、江戸時代に佐賀藩でまとめられた『葉隠』のことも思い浮かびます。

『葉隠』は山本常朝の語録をもとに編まれた書物で、「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」という言葉で広く知られています。この言葉はかなり有名ですね。

ただし、全体を読んでみると『葉隠』の内容はそれだけではありません(当たり前ですが)。

武士としての心構えだけでなく、日常生活の振る舞いや人間関係についての具体的な助言も多く含まれています。上司や同僚との関係、身だしなみの整え方、日常の立ち居振る舞いなどについて語られている部分もあり、武士の日常的な倫理観や行動規範を知る資料として読むことができます。読みようによってはビジネス本としても楽しめるでしょう。

新渡戸の『武士道』と『葉隠』は、同じ「武士道」という言葉を扱いながらも、成立した背景や目的が異なります。

『武士道』は西洋の読者に日本の倫理観を説明するために書かれた書物であり、一方『葉隠』は武士社会の内部で共有されていた価値観や心得をまとめた記録です。

このように見ていくと、「武士道」という概念は一つの固定された思想というよりも、時代や文脈によってさまざまな形で語られてきたものだと考えることができます。

外部の読者に向けて整理された武士道と、武士社会の内部で語られてきた武士道。

こうした複数の視点が存在すること自体が、日本文化の一つの特徴を示しているのかもしれません。

結びに

百年以上前に異国の地で出版された『武士道』は、封建社会の道徳を単に懐古するための書物ではありません。

『武士道』は日本の近代化の中で生まれた作品でありながら、現代の読者にとっても人との関わり方をあらためて考えるきっかけを与えてくれる一冊でした。

現代の社会では、刀を差し主君に仕える武士のような存在はすでに歴史の中のものとなっています。

しかし、他者を尊重し、相手の立場や感情に配慮するという礼の精神は、日常の人間関係の中でも見いだすことができるものです。むしろ今だから見出さなくてはいけない姿勢であると感じます。

古典と呼ばれる書物が読み継がれてきた理由の一つは、そこに書かれている思想が、時代を越えてさまざまな読み方を可能にしてきたからかもしれませんね。

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Kentaro Matsuoka