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【読書録】本 vs 煙草

幼い頃からの勝手なイメージだったのですが、読書はお金のかかる趣味だと思っていました。

本は一冊2千円前後。数冊買えば、すぐに1万円を超えてしまいます。常に金欠だった学生時代の私にとって、書籍の購入は決して気軽な出費ではありませんでした。

レジに本を持っていくたび、少しだけためらっていた記憶があります。本当に今、買っていいのだろうか。そんなふうに、どこか怯えながら値札を見ていました。恥ずかしい限りです。

だからどこかで、「本を読むのは余裕のある人の楽しみだ」と決めつけていた気もします。

そんな思い込みを覆してくれたのが、ジョージ・オーウェル のエッセイ『本 vs 煙草』でした。

読書は思っていたより安価な娯楽、らしい

オーウェルは、読書の価値を語る代わりに、まず煙草の話を始めます。

自分がどれだけ吸っているのか、週にいくら使い、年間でいくらになるのか。実に細かく計算していくのです。その数字は、想像していたよりもずっと大きいものでした。

そして次に、本に使った金額や読んだ冊数を並べます。すると読書にかかる費用は、煙草や酒と比べて特別高いわけではない、という事実が淡々と示されていきます。

読書をすると人生が豊かになるから価値が高いとか、安易に感覚的な結論に着地せず、まるで家計簿をつけるかのように客観的に判断している様子は少しだけクスッとなってしまいますね。

読書を文化や教養として持ち上げるのではなく、煙草や酒と同じ棚に並べるのは少し乱暴にも思えます。でも、そんな極めて現実的な捉え方は本を愛する人には、かえって新鮮かもしれません。

本の価格 = 得られる価値ではない

オーウェルは一度、「本の価格と、それを読むことで得られる価値の関係を語るのは難しい」と言います。

ここがこの随筆の少し意地悪なところで、数字で証明できそうな顔をしながら、いちばん大事な部分だけは簡単に割り切らないのです。

本には小説も詩も教科書も辞書も混ざっていて、長さと値段が対応しているわけでもありません。短い詩が高いこともあれば、二十年使う辞書が驚くほど安いこともあります。

さらに、読み返して残る本もあれば、途中で投げ出す本もあります。同じ価格でも、価値の出方が揃わない。だからこそ、本を「高いか安いか」だけで片づけるのは乱暴なのだと思いました。

オーウェルは、なぜ煙草と比べたのか

どうしてオーウェルは、読書の比較対象に煙草を選んだのでしょうか。映画や旅行でもよさそうなのに、あえて煙草なのです。

私は喫煙者ではないのですが、周りの愛煙家を見ていると、煙草は毎日のように、特に理由もなく買ってしまうもののように思えます。

習慣で消えていくお金で、気づけばかなりの額になっていることもあるはずです。

読書もまた、同じように生活の隙間で繰り返される行為。どちらも決して特別なイベントではなく、ただの息抜きのひとつ、詰まるところ取るに足らない「日常」です。

だから彼は、読書を「文化的行為」という高さから引き下ろして考えたかったのかもしれません。(ある意味、読書が好きでたまらない事実の裏返しとも取れます)

文化や教養ではなく、ただの生活の一部として。煙草と並べられた瞬間、読書はぐっと身近なものに見えてきました。

怯えながら、自分の出費を考え直す

オーウェルの計算を追いながら、自然と自分の生活費も思い返していました。

コーヒーや外食、洋服、サブスクリプション。そして、ときどき買う香水。私は月に1度か、少なくとも2か月に1本くらいのペースで、2〜3万円の香水を買っています。

それに比べれば、本はずっと安いものです。というより全然贅沢ではありません。月に10冊以上買ってもお釣りがきますね。

個々人の価値観の問題ではありますが、少なくとも現代に生きる私の中でも、同時のオーウェルと同じく「読書は安価な娯楽である」と言い切ることができそうです。

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Ryota Kobayashi