私はスニーカーが好きです。外出する時には、ほとんどスニーカーを履いています。
流行りものや新しい技術が使われたスニーカーも一通り試してはいるものの、普段からついつい選んでしまうのは、定番化した昔ながらのスニーカーです。
私が日常的に履いているスニーカーの中でも、ナイキ(NIKE)のコルテッツ(Cortez)は特に愛着を持っているモデルの一つ。1960年代にナイキが初めて発売したランニングシューズとして知られ、同ブランドの歴史を語る上では欠かせない存在です。
元はランニングシューズとして生まれたコルテッツですが、近年では「手頃な価格で購入できるシンプルなスニーカー」として広く親しまれています。
そんなコルテッツが60年代から現在に至るまでの長い間支持されてきた理由は、そのデザイン性や歴史的価値だけではありません。
アメリカ西海岸を中心としたチカーノ(メキシコ系アメリカ人)コミュニティとの深い結びつきも、このスニーカーの文化的な価値を高めた大きな要因です。
チカーノの歴史を知らずして、コルテッツについて深く知ることはできません。
現在は一般的にも定番化したコルテッツですが、チカーノのコミュニティにおいては特に支持されており、もはやユニフォームとして定着しています。
このようにコルテッツがチカーノからの支持を獲得した背景には、彼らが生み出した独特の文化と、その発展の歴史が深く関わっています。
今回はコルテッツについて、モデルそのものの価値や特徴、歴史ではなく、それらの形成に貢献したカルチャーから見て行きたいと思います。
米墨戦争から現在まで続く差別の歴史と、チカーノとしてのアイデンティティの確立
さまざまな人種の人々が暮らすアメリカでは現在、人口全体の20%近くを「Hispanic/Latinos」つまりヒスパニック系が占めています。
カリフォルニア州に至っては、2020年時点で白人の35%を上回る40%近くを占め、その多くがメキシコ系アメリカ人です。
マイノリティとされているメキシコ系アメリカ人ですが、特定の地域においてはもはやマジョリティと言っても差し支えないでしょう。
そもそもヒスパニックという区分は、スペイン語話者の移民を指す言葉ですが、実はその多くを占めるメキシコ系アメリカ人に関しては元々「移民」ではありませんでした。
このように、アメリカ国内の特定の地域にヒスパニックが多く住まう背景には、19世紀半ばの出来事が関係しています。
1845年、アメリカはメキシコから1837年に独立したテキサス共和国(現テキサス州)を併合。それに反発したメキシコとアメリカとメキシコは対立し、ついには米墨戦争(アメリカ・メキシコ戦争)にまで発展します。
1848年、勝利を収めたアメリカは、現在のカリフォルニア州、ネバダ州、ユタ州の全域を獲得。さらにはテキサス州、コロラド州、アリゾナ州、ニューメキシコ州、ワイオミング州の一部における管理権限を獲得しました。
この一連の出来事により、メキシコは国土の1/3を失うこととなります。
つまり、ヒスパニックコミュニティが多く存在するエリアは、米墨戦争でアメリカ国民となったメキシコ人の子孫によって支えられていると言っても過言はありません。
彼らはその後、アメリカ国民として従軍し、経済成長に貢献してきたにもかかわらず、人種分離や差別、不当な暴力に苦しんできた歴史を持ちます。
このメキシコ系アメリカ人に対する差別は、米墨戦争の終結からなんと100年以上にわたって続くことになります。
転期となったのは、1960年代から70年代にかけて大々的に行われた「チカーノ運動」。
メキシコ系アメリカ人が国民としての権利を求めるこの運動が広まったことにより、彼らはアイデンティティとしての「チカーノ」を確立して行きました。
車の性能とは全く反対のカルチャーと言える、低く、跳ねるアメ車としてお馴染みのローライダーも、チカーノの整備士が開発した技術によって1959年に誕生しています。これは、新車の購入が難しいチカーノが、格安で購入した中古車をカスタムしたことからはじまった文化です。
他にも、今ではさまざまなところで見かけるチカーノ・アートが誕生するなど、この時代は現代のチカーノカルチャーの発展にも大きく影響を与えたと言えます。
近年では、このようにしてチカーノたちが築き上げたカルチャーがアメリカ国内のみならず、国外からも広く評価されるようになりました。
いまだに残る人種差別の名残と、その境遇から生まれた「新しい文化」
チカーノ運動をきっかけに、彼らの文化は目まぐるしく発展を遂げたものの、残念ながら近年になってもチカーノに対する差別が無くなったとは言えません。
その文化的背景からチカーノには勤労な方が多いと言われていますが、今もなお当時の人種分離の名残によって収入の安定した職業に就くのは難しいとされいます。彼らの大半を占めているのは整備士や肉体労働者をはじめとした貧困な労働者層です。
遠く離れている日本では、黒人の人種差別にばかり目を向けがちですが、チカーノへの差別が存在するのも事実。
実際に、2024年のアメリカ国内の人種別平均年間収入では、全体平均の5万9,540ドルの対して、チカーノを含むヒスパニック系は4万5,968ドルと、大きく平均を下回っています。
全体を見渡すとアジア系が7万9,456ドル、白人が6万164ドル、黒人が5万284ドルと、ヒスパニック系には明らかな収入格差があることが分かります。
警官から不当な取り調べを受けたりすることも日常的にあるようです。
さらにチカーノが受ける不当な扱いは、アメリカ国内での差別だけにとどまりません。正確なスペイン語を話す者が多くないことや、アメリカ国内で生まれ育ったカルチャーギャップなどの理由から、彼らのルーツのメキシコにおいても差別されています。
アメリカ本土で生まれ育ったチカーノは「移民」として扱われながらも、あくまでもアメリカ国民で英語話者です。スペイン語圏のコミュニティに所属しているとはいえ、現地とのギャップが生まれてしまうのは致し方ありません。
チカーノ特有のコミュニティの結束力は、彼らが置かれた背景に起因する「自分たちで自分たちの居場所を作る」という強い意志から生まれたものなのかもしれません。
このような優遇されているとは決して言えない境遇で生きるチカーノは、アメリカでもメキシコでもない新しい独自の文化を生み出します。
スペイン語コミュニティのチカーノが会話に用いる、英語とスペイン語が混じった言語「Spanglish」も、彼らが生み出した興味深い文化の一つです。
文中の長い英単語を短いスペイン単語に置き換える、英語の文法に一部スペイン語を交える、スペイン語の文法で英語を話すなど、この言語は単純な英語とスペイン語の置換や言い換えではなく、新たな体系を持つようです。
チカーノカルチャーは、彼らが置かれている社会的な立場や境遇から生まれた「生き残るための文化」と言えるでしょう。
貧困と反体制によって形成されたチカーノの「伝統」に溶け込んだコルテッツ
「安価なものを綺麗に見せる」というカルチャーも、チカーノが生み出した文化の一つです。
多くの方は、チカーノと聞くとギャングを連想するかと思います。
さまざまなところでチカーノ=ギャングという認識を見かけますが、あくまでもチカーノはメキシコ系アメリカ人を意味する言葉で、全てがギャングというわけではありません。
かつてチカーノという言葉が、彼らのアイデンティティを表す言葉ではなく、差別するための言葉だったこともこの印象につながっているのではないかと私は考えています。
しかし、チカーノにギャングが多いのは紛れもない事実。その背景にあるのは、黒人と同様にチカーノたちが受けている日常的な人種差別です。
社会に不満を抱えているという理由はもちろんですが、彼らの中には社会的な居場所がないこと、安定した仕事に就くのが難しいことや、生まれた環境など、やむを得ない事情でギャングの構成員となる方も多くいると言います。
これはチカーノだけに限らずギャング全般に言えますが、彼らは「フレッシュ」なもの、つまり綺麗なものや新しいものを身につけることが良いとされる文化を持ちます。
差別を受ける人種で構成されることが多い組織ゆえに、彼らは日常的に身なりを整える必要があったというのも理由の一つでしょう。
しかし、経済的な余裕がないチカーノたちは、高価なものを購入することはできません。たとえ一般的には手頃とされているものだとしても、汚れたらその都度買い替えるというのはハードルが高いでしょう。
そのため、彼らはスラックスはもちろん、ワークパンツやTシャツにまでアイロンで折り目をつけるなど、安いものや古いものでも新しく見せるための工夫をします。
そして、メインストリームではなく「伝統」を重視するのも、チカーノが持つスタイルの一つです。
彼らはベンデイビス(BEN DAVIS)やディッキーズ(Dickies)をはじめとした独自のユニフォームを持ち、それを洗濯のたびにアイロンで折り目をつけて、まるで新品かのように見える状態で着用します。
広大なアメリカに住みながら、限られた場所で一生を終える方も少なくない彼らのコミュニティにおいて、安価なものをよく見せるこの文化が伝播したのは当然と言えるでしょう。
コルテッツが彼らに愛されたのは、ギャング出身の著名人の着用による影響はもちろんですが、安価で購入できるシンプルなそのスタイルが、彼らのユニフォームに違和感なくマッチしたのが大きな理由なのではないでしょうか。
このようなカルチャーと密接に繋がったことで、コルテッツはアメリカ西海岸を象徴するスニーカーとしての地位を確立しました。
近年ではナイキもそれを認め、彼らのカルチャーに敬意を払ったモデルがリリースされることもあります。
付随する文化的背景からスニーカーを眺める
安価にも関わらず優れた特徴を持つコルテッツが、貧困層が多いメキシコ系アメリカ人の支持を集めたのは必然と言えるでしょう。
かつては、ギャングが履くスニーカーというイメージが強かったものの、1994年の映画「フォレスト・ガンプ/一期一会」では、主人公を務めたトム・ハンクスが劇中で着用し、チカーノに限らずさらに多くの層からの注目を獲得しました。
近年では、チカーノを題材にする映画やドラマには、必ずと言っていいほど登場する欠かせない存在となっています。
定番とされているスニーカーの多くは、背景にあるカルチャーの源流を辿ると、このような興味深い出来事が浮かび上がってきます。
その中でもコルテッツは、社会の負の面と伝統が共存するチカーノの歴史と密接に関係した独自の文化を持つスニーカーです。
広く知られ、一般化したスニーカーだとしても、背景についてより深く理解することで、何気なく履いていては知ることのできない「身につける価値」に気づくことができます。
物に直接的に関係する事柄だけでなく、周りにある事柄に目を向けてみるのも一種のスニーカーの楽しみ方なのかなと思いました。