0
  • Insights
  • Kentaro Matsuoka

黙考と音 – 3月「孤影」

今月、弊社が社会を眺める際のテーマとしたのは「孤影」。

孤独という単語から想起される寂しさとともに、どこか落ち着きや安らぎを感じさせるこの言葉。ひとりでいることは、本当に寂しいことなのか。それとも、静かに自分と向き合うための時間なのか。

「孤独ってなんだろう。」

そんな問いを携えながら、今月は社会を見つめてみようと思います。

また、今月も静かで美しい曲を集めたプレイリストを作成しました。散歩や思索のひとときに寄り添うような音楽を選んでいます。

ぜひ楽しんでいただけますと幸いです。

2025年3月のテーマ「孤影」について

孤独ってなんでしょうね。

僕個人で言えば集団で過ごすよりも、一人でいるほうが好きです。大勢で遊びに行くよりも、静かに本を読んでいる時間のほうが心地よく感じるのです。

まあ、そのおかげで学生時代に友達はほとんどできませんでしたが、それでも僕にとって孤独は避けるべきものではありませんでした。

さて、一般的に「孤独」はどう受け止められるでしょう。

この言葉を耳にすると、多くの人はそれを暗く、寂しく、できる限り遠ざけるべきものだと感じるのではないでしょうか。

もちろん世界には本当に苦しい、想像もできないような孤独も存在しています。そのような孤独ではなく、今回はもっと身近な、小さな孤独について考えてみたいと思いました。

現代社会では、他者とのつながりが強調され、誰かと共にいることが「幸せ」の条件であるかのように扱われがちです。SNSを開けば、人と人の関係性が可視化され、つながることに価値があるかのようなメッセージが溢れています。

人と繋がっていることの価値を押し付けられてしまう現代。だからこそ感じてしまう孤独。

この孤独、どうなんでしょう。

私にはそれは孤独というよりも、疎外、羨望、嫉妬、欲望など「他者との比較から生じる気持ちを反映した感情」に見えてしまいます。

孤独はもっと静かで、美しく、澄んだものだと思うのです。

外部から切り離された静かな孤独な場こそが、私たちが自らの深い思考や感情に向き合うために必要なものだと。

孤独は「外部から隔離された状態」ではなく「自らのための静かな場所」であるべきなのかもしれません。

孤独には様々な形があります。

人といるからこそ感じる孤独。意図せず強制的にもたらされた孤独。自ら選び取った孤独。
その先にあるのは、悲しみ、苦しみ、あるいは救いや解放かもしれません。

孤独は決して忌むべきものではありません。もしそれが健全に訪れるものであれば。

むしろ、外界の喧騒から距離を置き、自らの内面に深く潜る時間は、自己の輪郭を確かめ、より自由に思考を巡らせるために欠かせないものです。一人静かに思索の道を進むときこそ、孤独は暗闇ではなく、新たな光をもたらす豊かな「場所」へと変わるのかもしれません。

2025年3月のプレイリストを作りました

人生には本当に様々な孤独があります。

生きることとは孤独とどう向き合うかを問い続けることなのかもしれません。

古今東西世界の様々な場所で、様々な人が、様々な経験をし、様々ことを考え、様々なことに負け、様々ことを諦め、様々に立ち直り、様々に生き、様々に笑い、様々な音を生み出してきました。

そこには、きっとそれぞれの孤独があったはずです。

そんな誰かの「孤影」を静かな音楽と共に。

このプレイリストの収録曲

  1. An Ending (Ascent) – Brian Eno
  2. Peace Piece – Bill Evans
  3. Gnossienne No.1 – Erik Satie (Performed by Alena Cherny)
  4. Préludes, Book 1, No. 6 “Des pas sur la neige” – Claude Debussy (Performed by Dan Tysson)
  5. Avril 14th – Aphex Twin
  6. Etude No.2 – Philip Glass
  7. Für Alina (Extended Version) – Arvo Pärt (Performed by Alexander Malter)
  8. Less – Nils Frahm
  9. Vocalise, Op.34 No.14 – Sergei Rachmaninoff (Performed by Vladimir Ashkenazy)
  10. Water Copy – Hiroshi Yoshimura
  11. After the Rain – John Coltrane
  12. Tezeta – Mulatu Astatke
  13. The Astounding Eyes of Rita – Anouar Brahem
  14. Palhaço – Egberto Gismonti
  15. Kothbiro – Ayub Ogada
  16. Los Ejes de Mi Carreta – Atahualpa Yupanqui
  17. Soledad – Chavela Vargas
  18. Quiet Friend – Steve Roach
  19. In the Forest – Omar Sosa, Seckou Keita
  20. Austin (Live) – Marcin Wasilewski Trio

今回選んだ音楽たちについての小話

1. An Ending (Ascent) – Brian Eno

NASAの月面探査ドキュメンタリーのために作られたこの曲には、明確なメロディや劇的な展開はありません。ゆっくりと移ろう音の層が、まるで宇宙空間のような広がりを生み出しています。

静かに波打つ和音の連なりは、荒涼とした喪失感を帯びているのか、それとも恍惚とした歓喜を描いているのか。その解釈は聴く人の内側に委ねられます。

無重力ようなの静寂の中で宇宙の果てにひとり佇んでいるような、一曲です。

2. Peace Piece – Bill Evans

静謐で瞑想的な一曲。

ビル・エヴァンスは、その生涯を通じて孤独と向き合い続けたピアニストだったように思います。この曲が持つ破滅的な美しさや穏やかさの奥には、喪失や孤立の感情が滲んでいるようにも感じられます。

繰り返されるフレーズは、絶望と希望の狭間をたゆたう彼の内面の祈りのようにも聴こえます。

3. Gnossienne No.1 – Erik Satie (Performed by Alena Cherny)

奇行と孤独で知られるエリック・サティ。

彼はパリ郊外の質素な部屋に長年ひとりこもり、生涯のほとんどを貧困と孤立のうちに過ごしました。そんなサティの作品から、「Gnossienne No.1」を。

解決を拒むような独特の和音進行が滲ませる寂寥感は、恋人スザンヌ・ヴァラドンとの別れ、そして誰にも打ち明けることのなかった孤影を映し出しているように響きます。

4. Préludes, Book 1, No. 6 “Des pas sur la neige”  – Claude Debussy (Performed by Dan Tysson)

冒頭には「この曲のリズムは悲しく凍りついた風景の音の価値を持たねばならない」と記されたこの曲。

当時、彼が抱えていた内面的な苦悩が、この旋律に映し出されているのでしょうか。寒々とした情景の中に見え隠れするのは、音によってしか語り得なかった作曲者の深いため息なのかもしれません。

5. Avril 14th – Aphex Twin

普段は難解で攻撃的とも言えるエレクトロニカの鬼才エイフェックス・ツイン(リチャード・D・ジェームズ)が2001年に突如発表したピアノ独奏曲。

タイトルの「Avril 14th(4月14日)」に明確な由来はなく、タイタニック号沈没やリンカーン大統領暗殺など歴史的悲劇の日付と偶然一致するため様々な憶測を呼びましたが​、作曲者本人は多くを語っていません。

そんな彼が心のどこかでそっと吐露したかのようなメロディからは、機械的なビートの裏に隠し続けてきた孤独や、内面に封じられた個人的な想いが垣間見えるようです。

6. Etude No.2 – Philip Glass

ミニマリズムの巨匠フィリップ・グラスが自身のピアノ技術向上のために始め、生涯にわたって書き継いだ全20曲のエチュードの中から(本人は自身の音楽をミニマル・ミュージックと思っていないとのことですが)。

彼は若い頃、配管工やタクシー運転手をしながら音楽を続ける日々を送り、理解者の少ない活動時期も経験していたようです。無機質とも言えるミニマルな流れの中で、その辛抱の末に見出された静かな執念がこのエチュードに溶け込むように響いているように感じます。

7. Für Alina(Extended Version) – Arvo Pärt (Performed by Alexander Malter)

ソ連時代、宗教音楽の作曲が制限される中、自らの表現の道を模索していたアルヴォ・ペルト。長い沈黙の期間を経て辿り着いた「ティンティナブリ様式」の第一歩となったのが、この曲でした。

題名はベートーヴェンの『エリーゼのために』を思わせますが、当時18歳で父とともにロンドンへ渡り、母と祖国に引き裂かれてしまったエストニア人少女・アルイナのために書かれたものです。

ペルトは、その家族の事情を知り、離ればなれになった娘を慰めるためにこの音楽を贈ったとされています。静かに響く音の余白からは別離の哀しみと、遠くへ向けられた祈りが聞こえるようです。

8. Less – Nils Frahm

ドイツの現代音楽家ニルス・フラーム、ベルリンの自宅スタジオで深夜にひっそりと収録された曲。

マイクをピアノ内部に潜り込ませ、曲の合間に自分の呼吸音や床板のきしみまで録り込んでいます。

柔らかな旋律と耳元で響く微かなノイズは、まるで真夜中に隣でそっとピアノを弾いてくれているかのよう。

親密で孤独な安らぎを感じます。

9. Vocalise, Op.34 No.14 – Sergei Rachmaninoff(Performed by Vladimir Ashkenazy)

声楽曲でありながら言葉のない「ヴォカリーズ」から。

革命後に祖国ロシアを離れざるを得なかった彼の言葉にできない悲しみや郷愁に思いを巡らせつつ。

10. Water Copy – Hiroshi Yoshimura

環境音楽の先駆者として知られる吉村弘ですが、生前はほとんど名前が表に出ることがなかったように思えます。

この曲は、都会の喧騒を離れ、水面に広がる波紋をじっと見つめているかのような音使い。

極限まで音数を減らしたシンプルなフレーズがゆったりと反復します。人の心情を直接語るのでなく聴き手自身の感情をそっと映し出す音の枠組みを探求したかのような一曲です。

11. After the Rain – John Coltrane

公民権運動期の1963年に発表したバラード曲。

激情的なインプロビゼーションで知られる彼ですが、この曲ではテクニックをひけらかすことなく、嵐を乗り越えた心の静けさをシンプルなメロディで表現しました。

ヘロイン中毒からの脱却や精神的覚醒を経て、「至上の愛(A Love Supreme)」へと至る求道的な道を独り歩んだジョン・コルトレーン。本曲「After the rain」は、まさに苦しみが過ぎ去ったあとに差し込む一筋の光のようにも聴こえます。

12. Tezeta – Mulatu Astatke

エチオピアの伝統音楽とジャズを融合させた“エチオ・ジャズ”の父ムラトゥ・アスタトゥケが手掛けた代表曲。

エチオピア音楽特有の「テゼタ」とは「郷愁」や「思い出」を意味します。

1960年代末に録音されたこの曲は、故郷エチオピアに伝わるテゼタ旋法の哀愁漂う旋律をジャズアレンジで蘇らせたもので、異国で活動していたムラトゥ自身の郷愁や孤独も投影されているようです。

エチオピアの人々にとってテゼタは古き良き時代や失ったものを偲ぶ歌。歌詞が無くとも​、ムラトゥの紡ぐホーンとヴィブラフォンの旋律がじんわりと心に沁みるのは、文化的記憶に訴えるものがあるからでしょう。

13. The Astounding Eyes of Rita – Anouar Brahem

チュニジア出身のウード奏者アヌアル・ブラヒム。パレスチナの詩人マフムード・ダルウィーシュの詩から着想を得たと言われている曲です。

異なる文化や故郷への想い、そして恋人や家族との離別。

ダルウィーシュが抱えた喪失とブラヒム自身の中東世界への郷愁が交錯し、深い哀感を帯びた旋律が生まれたのかもしれません。

14. Palhaço – Egberto Gismonti

ブラジルの鬼才エグベルト・ジスモンチが奏でる「Palhaço(パリアソ)」。

本当に美しい曲です。

ポルトガル語で「道化師」を意味しますが、エグベルト・ジスモンチの演奏には陽気さよりも、むしろ切ない哀愁が宿っています。

その哀愁を帯びた旋律には笑顔の裏に涙を隠すクラウンのイメージが重なります。

ジスモンチ自身、この曲には「現在にまで色濃く流れ込む消えない記憶」が刻まれていると語っているものの、それが子供時代の思い出か大切な人への追憶か、具体的な由来は明かされていません。

演奏中にこの曲を省略したコンサートがあったようですが、聴衆が「Palhaçoを!」と熱望し、居合わせた彼の母親が「観客が息子を道化と呼んで侮辱している…」と勘違いしたという微笑ましいエピソードもあるようです。

15. Kothbiro – Ayub Ogada

ケニア出身のアユブ・オガダが歌うこの曲は、母国語ルオ語ので「雨が来る」という意味。

ロンドンでストリート・ミュージシャンとして暮らしていた彼は、異国の地での孤立感や故郷への想いを、この曲に深く焼き付けたとも言われます。

それまで歌手ではなかったオガダが、この歌ではじめて自らの声でメッセージを紡いだという逸話も残っています。

穏やかなリズムに乗せ繰り返される旋律と、「雨よ降れ」と祈るような歌声には、異郷の地で感じた孤独と希望が色濃く現れているようです。

焦がれるように待ち望んだ雨は恵みと救いの象徴であり、その降雨を告げるKothbiroは、辛い旅路を耐える者たちにとって心の故郷を呼び起こす慰藉の歌なのかもしれません。

16. Los Ejes de Mi Carreta – Atahualpa Yupanqui

アルゼンチンのフォルクローレを代表するシンガーソングライター、アタウアルパ・ユパンキは、政治的迫害や国外追放など数々の試練を経験した人物です。

ユパンキ自身、長く各地を放浪し質素な暮らしを貫いた人物であり、その境地がこの曲にも投影されています。

「Los Ejes De Mi Carreta(私の荷車の車軸)」は一見のんびりとした曲にも聞こえますが、その歌詞には孤高の旅人として生きねばならなかったユパンキの諦観や悲哀が感じ取れます。

喪失や孤独を受け入れ、それでも前へと進む姿は南米大地を独り歩む影のようにも映ります。

17. Soledad – Chavela Vargas

「孤独」という意味を持つこの曲を歌うのはメキシコの伝説的歌手チャベーラ・バルガス。

彼女は波乱万丈の生涯を送りました。

幼少期から家族に疎まれ孤独を抱え、歌手として成功した後も酒と破天荒な恋に生きます。

アルコール依存に苦しみ、一時は世間から姿を消したほどです。盟友でもあった作曲家ホセ・アルフレド・ヒメネスを1973年に亡くした時彼女は47歳でしたが、その喪失で背負った孤独は80代になっても消えず、生涯彼女につきまとったと伝えられます。

力強くも切なく歌われる彼女の「Soledad」。

格別です。

18. Quiet Friend – Steve Roach

アンビエント音楽の先駆者の一人であるスティーブ・ローチの曲を。

ローチは当時ロサンゼルスのアパートにこもり、1年近く昼は仕事、夜は自宅スタジオという制作を続けており、その中から生まれたのがこの曲を含む穏やかな電子音の作品群でした。

広がりのあるシンセサウンドがゆっくりと反復し、雄大で静かな音の空間を形作る様まさにアンビエントの真髄のよう。

独りでいることの安らぎを感じる、内省的な一曲です。

19. In the Forest – Omar Sosa, Seckou Keita

キューバ出身のジャズ・ピアニスト、オマー・ソーサとセネガル出身のコラ奏者セック・ケイタ、この二人が連名で発表したアルバム『Transparent Water』からの一曲。アフロ・キューバの宗教的情感やスーフィー的な瞑想性も感じます。

異なる背景を持つ二人の奏者が静かな対話を重ね、奥行きのあるコラの響きと、どこか寂しげなピアノの旋律が交わりあうとき、森の闇に潜む静寂と、人間が本来抱える内なる孤影がゆっくりと溶け合うような感覚に包まれます。

20. Austin (Live) – Marcin Wasilewski Trio

最後に紹介するのは、ポーランドを代表するジャズ・トリオによるこの曲。

22歳という若さで夭折したピアニスト、オースティン・ペラルタ(1990–2012)への哀悼の意を込めた楽曲です。

作曲者でありピアニストのマルチン・ヴァシレフスキは、「彼はまるで弟のようだった」と語るほどペラルタを大切に思っていたそうです。

煌びやかな技巧を前面に押し出さず、喪失の痛みと深い愛情が紡がれていくようなこの曲は、まるで美しい弔辞のように響きます。

最初にこの曲を聴いた時、そのあまりの美しさに驚いたことを覚えています。ヴァシレフスキ・トリオのレパートリーの中でもひときわ胸を打つ一曲です。

洗練されたアンサンブルの隙間から響くのは、仲間を失った寂しさと、それを音で昇華しようとする深い孤影の気配なのかもしれません。

See works

Kentaro Matsuoka