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黙考と音 – 2月「惜別」

月替わりのテーマを設定し、そのテーマに沿って深く考えたり、社会を眺めたり、歩いたり、読んだり、観たり、触ったり、聴いたり、撮ったり、書いたりしてみようという企画を会社全体で始めました。

初回のテーマは「惜別」。

当初は「彼岸」というテーマで検討を進めていましたが、「死」という別れだけでなく、人生で出会うさまざまな別れの形について考えを巡らせたいという私の勝手な意見から、このテーマに決定してみました。

また、毎月のテーマに寄り添うプレイリストも制作していきます。少々凝ったものを作っていこうと思っているので、楽しみにしていていただけますと幸いです。

2025年2月のテーマ「惜別」について

「逢うは別れの始め」ということわざがあります。

出会いの喜びの陰には、いつか訪れる別れの影が静かに寄り添っているのかもしれません。

井伏鱒二は中国唐代の詩人・于武陵の漢詩から「人生足別離」を訳して「さよならだけが人生だ」と表現しました。人生とは別れの連続だなんて、一見すると悲観的な響きを持つ言葉ですね。

しかし、だからこそ一つ一つの出会いがかけがえのないものとして輝くとも解釈できます。

誰かと心を通わせた時間が長く深いほど別れの時に胸が痛むのは、その絆が確かに存在した証なのかもしれません。別れの悲しみは愛情の裏返しであり、出会いが人生にもたらす豊かさと表裏一体なのだと思います。

惜別の切なさは、生きる上で避けられない「儚さ」とどう向き合うかという深い問いを私たちに投げかけています。

私たちは生きていく中で幾度となく訪れる別れに決して慣れることはありません。

そしてその都度、新たな寂しさと痛みが心に走ります。

けれども、惜別の情は決して虚しい悲しみだけではないとも思います。別れがたいと思えるほど大切な存在と出会えたこと自体がかけがえのない幸福であり、その記憶は人生の支えとなって私たちの中に生き続けていきます。

別れの瞬間に流す涙は、失うことの悲しみであると同時に、共に過ごした時間への深い感謝の証でもあるのでしょう。

別れ際に感じる切なさ。それはその生の輝きが、その時間の輝きが一瞬だったからこそ残る、美しい残像なのかもしれません。去りゆく夕陽を見送るように、過ぎ去った日々にそっと心を寄せつつ、私たちはまた明日へと歩みを進めていきます。

そんなことを考えながら、2025年2月はこの世界をゆっくりと眺めてみたいと思います。

2025年2月のプレイリストを作りました

文学的な音楽性を帯びた楽曲、静かな惜別の情景を描く音の数々。

別れ、離愁、彼岸、生と死。そんな言葉たちをキーワードに、人生の有限性と人との絆の尊さに思いを馳せるような楽曲を選んでみました。

「別れってなんだろう」。そんなことを考える時の、静かな伴となれば幸いです。

このプレイリストの収録曲

  1. Claudia,Wilhelm R And Me – Robarto Musci
  2. First Gymnopedie – Yusef Lateef
  3. 静かな音楽(ひそやかな音楽)第7番 – Frederic Mompou / 熊本マリ
  4. Threnody – Goldmund
  5. Que Reste-T-Il De Nos Amours? – Paolo Fresu / Richard Galliano / Jan Lundgren
  6. Green Gold Day – 蓮村執太 / U-zhaan / Arto Lindsay
  7. Something Sweet, Something Tender – Eric Dolphy
  8. Flamenco Sketches – Miles Davis
  9. Nocturne No.1 in C Major, FP56 – Francis Poulenc
  10. Solitude – 坂本龍一
  11. Lag fyrir ömmu – Ólafur Arnalds
  12. Pavane for a Dead Princess – Eumir Deodato
  13. Alabama – John Coltrane
  14. Goodbye Pork Pie Hat – Charles Mingus
  15. The Carnival of the Animals: The Swan / Blessing the Boats – Bill Murray / Jan Vogler / Lucille Clufton
  16. Paris,Texas – Ry Cooder

今回選んだ音楽たちについての小話

1 Claudia, Wilhelm R And Me – Roberto Musci

このプレイリストを構想した時、真っ先に思い浮かんだ一曲です。

アルバムタイトル「Tower of Silence(沈黙の塔)」は、ゾロアスター教の葬儀施設である円形建造物を指します。「大地や火や水を穢さない」という信念から、亡骸を鳥(ハゲワシなど)に委ねる鳥葬がこの場所で行われていました。火・水・土といった物を神聖視するゾロアスター教徒は、これらの手段での埋葬を避け、鳥葬を選択していたのです(現在はイスラム教と同じく土葬が一般的となっているようです)。

それにしても不思議な曲名です。

Wilhelm Rは、精神分析家のWilhelm Reich(ヴィルヘルム・ライヒ)でしょうか。彼は「オルゴン理論」「クラウド・バスター」など、独自の研究、思索を展開した人物でした。

「Claudia」は、Roberto Musciの私的な関係者かもしれません。そこにWilhelm Reich的な思想世界が加わった「Claudia、Wilhelm R、そして私(Roberto)」という構図。個人的体験と哲学的な精神世界の接合というコンセプトが込められているのかなとも思いますが、これはあくまでも推測の域を出ません。

2 First Gymnopedie -Yusef Lateef

エリック・サティの緩やかなピアノ小品を、ユーセフ・ラティーフがジャズ・フルートの柔らかな音色で描き直した一曲です。

ラティーフは当時、ジャズにアフリカやアジアの楽器・音階を取り入れる革新的な音楽家でした。しかしこの曲では、そうしたエキゾチックな要素を抑え、フルートの哀愁漂う音色とシンプルな伴奏が静かな余韻を放ちます。

サティ自身が「痛ましく遅く」という指示を与えた本作のメロディラインに、ラティーフの瞑想的な深みが寄り添います。

3 静かな音楽(ひそやかな音楽)第7番 – Frederic Mompou / 熊本マリ

スペインの作曲家モンポウが晩年に書いた内省的なピアノ作品集です。16世紀の神秘主義詩人・十字架の聖ヨハネの詩句「la música callada, la soledad sonora(静かな音楽、響きわたる孤独)」からその題名が生まれました。

空気中に消えいってしまうかのような繊細さ、人の流れの中でかき消されてしまうほど微妙な響きは、特定の最後の瞬間を敬虔に見つめるような静けさを感じさせます。

4 Threnody -Goldmund

キース・ケニフによるプロジェクト Goldmundから「Threnody」という作品を選びました。タイトルの「Threnody」は「挽歌」を意味し、亡くなった人を悼むための哀歌を指す言葉です。

非常に繊細で親密な響きを持つこの曲は、ピアノのペダルを踏む微かな音さえも聞こえるほどの静けさの中で、美しい余韻を紡ぎ出していきます。その音色からは、深い悲しみの中にある安らぎや、かすかな希望の光さえも感じられます。

5 Que Reste-T-Il De Nos Amours? – Paolo Fresu / Richard Galliano / Jan Lundgren

オリジナルはフランスのシンガーソングライター、Charles Trenet(シャルル・トレネ)。

「Que reste-t-il de nos amours?」という題名を直訳すると「私たちの愛に何が残るの?」。

過ぎ去った愛への郷愁や問いかけ、喪失や別離を正面から悲しむというより、「かつての愛は今どうなっているのだろう?」という静かな哀感と、優しいまなざしが込められています。

6 Green Gold Day – 蓮村執太 / U-zhaan / Arto Lindsay

冒頭で「I hate this song」「I hate this train」「The night, the colored lights」「I hate the rain」と囁くように歌われるこの曲。夜の駅で列車を見送るような寂しさが染み渡ります。

まるで列車の発車時にプラットフォームで感じる孤独や、去っていく人へのやるせなさを表現しているかのよう。

こうした情景描写は、直接「別れ」とは明言していなくとも、旅立ちや見送りのメタファーとして心に深く響きます。

7 Something Sweet, Something Tender – Eric Dolphy

夭逝した天才ジャズ・ミュージシャン、エリック・ドルフィー。

彼が米国でレコーディングした最後のリーダー作品から、不安定な空気感と深い思索、そして静かな哀感を湛える一曲を。

柔やかで温かみのあるメロディや柔らかな光のような音色と、低音域のバスクラリネットや半音階的フレーズが醸し出す陰影が交錯する二元的な世界。甘みと苦味が織りなす独特の余韻を残す楽曲です。

アルバム・ジャケットに佇む狂った時計には昼休み後に一体いつ戻るかわからないドルフィーの姿が暗示されているように思えます。このジャケットは彼の死後にデザインされたのでしょうか。それともタイトルの示唆的な意味合いから存命中に仕上がっていたのでしょうか。

8 Flamenco Sketches – Miles Davis

オリジナル・ライナーノーツでビル・エヴァンスは、この録音を日本のヴィジュアル・アート(おそらく書や水墨画を指しているのではないでしょうか)になぞらえました。全ての曲を1回のテイクで録音したとされるアルバムから「Flamenco Sketches」を選びました。

即興で紡がれる旋律はシンプルかつリリカルで、はっきりとした反復テーマはないものの、どこか物悲しく美しいフレージングが印象的です。各奏者がじっくりと対話するように音を置いていく、この静的で瞑想的なアプローチが心に染み入ります。

なお、「フラメンコ・スケッチ」はマイルス・デイビスの作曲とされていますが、実際はレナード・バーンスタイン作曲の「サム・アザー・タイム」のイントロをエヴァンスが発展させた「Peace Piece」という曲が原型となっています。

9 Nocturne No.1 in C Major, FP56 – Francis Poulenc

1929年に作曲された「夜想曲集(Huit Nocturnes)」の第1曲目。この第1番は、リシャール・シャンレールの妹、シュゼット・シャンレールに捧げられました。彼女はプーランクにとって画家であり、友人であり、パートナーであり、そして恋人でもあったといいます。

穏やかながらも内に哀愁を秘めた語り口を感じさせる曲で、静かな夜の情景が浮かび上がってくるような余韻を持っています。

10 Solitude – 坂本龍一

村上春樹原作の映画である「トニー滝谷」のテーマ曲として知られる静謐なピアノ曲。本作は孤独に生きてきた男が、人を愛する喜びと、大切な人を失うことの切なさや恐ろしさを体験していく物語です。

坂本龍一が弾く、無駄を削ぎ落としたような極めて少ない音数。その一音一音が、人の孤独を切り取ったかのような鋭さを持ち、美しさと同時に、どこか恐ろしさすら感じます。

11 Lag fyrir ömmu – Ólafur Arnalds

アイスランドの現代作曲家オーラヴル・アルナルズによるこの曲のタイトルは、アイスランド語で「お婆ちゃんのための歌」を意味します。アルナルズが祖母との思い出や敬意を込めて作曲したと言われるこの作品。

パーソナルかつ温かみのある音色には、まるで祈りのような優しさが満ちているように感じられます。そこには、音楽の背後に流れる深い敬愛と感謝の念が静かに息づいています。

12 Eumir Deodato – Pavane for a Dead Princess

ラヴェルがもともとピアノ独奏曲として書き上げ、後に管弦楽版も手がけた小品「亡き王女のためのパヴァーヌ」。その題名から連想される通り、優雅さと哀愁が溶け合った不思議な魅力を湛えています。

実際のところ、特定の歴史上の王女を追悼したわけではないようですが、ラヴェル自身は、当時パトロンであったポリニャック公女にこの曲を捧げたと伝えられています。

デオダートが演奏したバージョンは、しっとりとした追憶の色彩がさらに儚く浮かび上がっているような、寂寞の美しさを感じます。

13 Alabama – John Coltrane

このプレイリストにこの曲を入れるべきかどうか、最後まで迷いました。

1963年にアラバマで起きた教会爆破事件で犠牲となった子供たちへの鎮魂として作られたとされている曲だからです。

別れは、いつも私たちの覚悟に合わせて訪れるわけではありません。身勝手な暴力によって、突如として引き裂かれる愛がある。そのとき、残された者は何を思い、どう生きるのか。

その問いのために、この曲を加えることにしました。

コルトレーンのサックスは静かに語るように、あるいは泣くように、深い悲しみの旋律を紡ぎます。祈りにも似た重厚な響きが、静謐な時間を生み出します。これは言葉のない祈りの音楽なのかもしれません。

14 Goodbye Pork Pie Hat – Charles Mingus

ベーシストであり作曲家でもあったチャールズ・ミンガスが、親友レスター・ヤングに捧げた追悼の曲。

タイトルにある「ポーク・パイ・ハット」は、ヤングが生前愛用していた帽子のこと。ブルースの香りをまとった哀愁の旋律が、亡き友への静かな弔辞のように響きます。

15 The Carnival of the Animals: The Swan / Blessing the Boats – Bill Murray / Jan Vogler / Lucille Clifton

サン=サーンスの組曲「動物の謝肉祭」の中でも特に有名な「白鳥」の旋律に乗せて、アメリカの詩人ルシル・クリフトンの詩「Blessing the Boats(舟出を祝う)」が語られるこの曲。ビル・マーレイの朗読するクリフトンの詩は、新たな航海に出る人へ「どうか恐れずに」という祝福と励ましの言葉を静かに語りかけます。

16 Paris,Texas – Ry Cooder

ヴィム・ヴェンダースのロードムービー「パリ、テキサス」のためにライ・クーダーが手掛けた作品。映画のクライマックスで主人公トラヴィスが愛する息子と妻を再び結び付け、自らは静かにその場を去っていきます。

その夜の闇に消えていく主人公を見送るラストシーンは、再会、別れ、喜び、悲しみ、覚悟、惜別など、あらゆる感情が静かに入り混じった別れの情景​そのものでした。

この映画の冒頭で使用された曲を最後に、プレイリストを締めくくりたいと思います。

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Kentaro Matsuoka