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「旅情5」茨城 – 長大な景色の中で

2023年9月、家族旅行企画第5弾として向かったのは茨城でした。

これまでの旅行では目的地が決まっていることが多かったのですが、今回はふらりと散歩をするような、そんな気軽な旅となりました。

この旅では不思議と「巨大なもの」に次々と出会うことになります。

牛久大仏 – 巨大仏、圧倒的な存在感に佇む

最初に訪れたのは、茨城が誇る巨大な仏像、牛久大仏でした。

1995年、「青銅製仏像として世界一の高さ」としてギネス世界記録に登録されたこの大仏は、地上からの高さが120メートル、台座を除いても100メートルを超えます。

奈良の大仏が約15メートル、ニューヨークの自由の女神が約40メートルと考えると、その規模の大きさが想像できるかもしれません。

展望台がある位置はちょうど大仏の胸の高さ。

冬のよく晴れた日の朝には、富士山やスカイツリーまで見渡せるそうです。

胎内の3階には「蓮華蔵の世界」と呼ばれる空間が広がり、約3,400体の胎内仏が壁一面に並んでいました。

蓮華蔵とは、極楽浄土を指す言葉です。

金色の光に包まれたその空間は、静謐でありながらどこか厳かで、まるで仏の世界に足を踏み入れたような感覚を覚えます。

大仏の周囲も広大な敷地が広がっています。

東本願寺に鎌倉時代から伝わる伝統的な浄土式庭園で、仏教の世界観を表現している「本願尊厳の庭」。

牛久大仏に向かって左手にある「群青海」という池なども趣深い場所でした。「群生」とはすべての生きとし生けるもののことで、池は現世を表しているそうです。

初秋の訪問だったため花は咲いていませんでしたが、春には芝桜が美しく咲き誇るとのこと。

大仏が佇む広大な空間を歩きながら、巨像を見上げ、秋の色に染まり始めた木々の揺らめきに目を細め、古の祈りが染み込んだような石畳の上をゆっくりと進む。

ただ静かにその景色を味わいました。

竜神大吊橋 – 空と山の間に架かる長大な歩道

次に訪れたのは、茨城百景の一つにも数えられる竜神大吊橋。

竜神峡に架かるこの歩行者用の吊り橋は、橋長375メートルという日本有数の長さを誇ります。

「茨城には、なぜこれほど巨大なものが多いのだろうか」そんな思いが頭をよぎったことを覚えています。

地上高100メートルの橋の上からは、八溝・阿武隈山系の山並みや水府の街並みが美しく広がっています。

反対側の橋の土台には竜の絵が描かれ、その前には木精(もり)の鐘が設置されています。一回100円を入れると、幸福、愛、希望の三種類の鐘の音色が響き渡る仕組みとなっていました。

あまりの高さに足がすくむ思いでしたが、眼前に広がる山々の稜線と、遥か下を流れる川の輝きに魅せられ、風に吹かれながらゆっくりと一歩ずつ、橋を渡っていきました。

宿へ向かい、身体を休めます。

袋田の滝 – 四季を包む白糸の轟き

旅の2日目、日本三名瀑の一つに数えられる「袋田の滝」へと向かいました。

趣のある通りを歩き、長さ276メートルのトンネルを抜け、歩みを進めます。

トンネルを抜けると、目の前に滝の姿が現れました。高さ120メートル、幅73メートル。ここでもまた、圧倒的なスケールの自然と対峙することになりました。

大岩壁を四段に分かれて落下することから「四度(よど)の滝」とも呼ばれるその姿は、西行法師をして「四季に一度ずつ来てみなければ真の風趣は味わえない」と絶賛させたといいます。

轟音とともに水しぶきを上げ、滝壺へと落下する様はまさに圧巻。まるで見る者に迫ってくるような威厳を感じさせます。

江戸時代には、水戸黄門こと徳川光圀をはじめ、徳川治紀、徳川斉昭ら歴代水戸藩主がこの地を訪れているとのこと。

光圀は「いつの世に つゝみこめけん袋田の 布引出すしら糸の瀧(いつの時代から、このようなみごとな滝を包み隠しておいたのであろう。この袋田の滝は、白い布を引き出すように美しい)」と詠み、その眺望の美しさを讃えたと言われています。

国営ひたち海浜公園 – 平和の丘に咲く花々

この旅の最後は国営ひたち海浜公園へ。約350ヘクタール、東京ドームの約70〜75個分という非常に大規模な国営公園です。

日本各地にある国営公園の中でも上位クラスの広さを誇ります。

花畑や水のステージなど美しい景観が楽しめるエリア、遊園地があるエリア、太平洋を見渡すことのできるエリアなどなど、内部は7つのエリアに分かれています。 

広大な園内を歩き進むにつれて次々と表情を変える風景を存分に楽しむことができました。

さて、この地にはかつて日本軍水戸東飛行場があり、終戦後は米軍により射爆撃場として使われていたようです。悲しいことですが、地元民が演習時の事故で命を落としてしまうこともあったそうです。

誤爆や騒音に苦しめられた地元住民を中心とした十数年にわたる返還運動により、昭和48年3月に日本に返還。その後、「平和の象徴として公園を整備したい」という地元の強い思いが実を結び、国営ひたち海浜公園が誕生することになったようです。

無数の爆弾や銃弾が撃ち込まれた標的の跡は、今では季節の花々が咲き誇る美しい丘へと生まれ変わり、かつての傷跡は優しい自然の力に癒されているようでした。

広大な園内で家族連れが笑顔で過ごすこの平和な光景。それはかつてこの地に暮らした人々の苦しみと願いの上に成り立っていると思うと、より一層深い意味を持って心に響いてきました。

旅の終わりに

なぜだか今回の旅は巨大な、長大な場所との出会いに満ちていました。

世界一の大きさを誇る大仏、日本有数の長さを誇る吊橋、三名瀑の一つである滝、そして東京ドーム70個分もの広さを持つ公園。

その圧倒的な規模の大きさゆえに、かえって足取りが緩やかになり、ゆっくりと景色に想いを馳せることができました。

時間に追われることなく、ただ歩き、ただ感じる旅。

そんな穏やかな時間が、深く心に刻まれています。

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Kentaro Matsuoka